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ヘッダ

言ノ葉スクラップ・ブッキング〜シーン&シチュ妄想してみた。〜

管理人が妄想したシーンやシチュエーションをショート・ストーリー(?)にしたもの。
ジャンルはファンタジー・恋愛などなど。

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乙女商人のサクセス・ストーリー…のプロローグ
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JUGEMテーマ:オリジナル創作

 

「ねぇ、私、おかしくないわよね?変な恰好になっていたりしないわよね?」
同じ問いをしつこいくらいに繰り返し、ローゼリットはそわそわと落ち着きなく鏡の前を歩き回る。答えを求められたメイドは苦笑しながら太鼓判を押す。
「大丈夫です、お嬢様。御招待客のどの御令嬢にも負けない完璧なドレスです」
「そんなことは分かっているわ。問題はドレスじゃないの。中身なのよ」
メイドを返答に困らせる一言を言い放ち、ローゼリットは既に整えられた前髪の微調整を始める。
「今更何をなさっておいでなのです。そろそろおいでくださいませんとパーティーを始められませんよ」
皮肉とも呆れともつかぬ声に振り向くと、そこにはローゼリットのよく見知った顔があった。
「ウォルフレッド、どうしてここにいるの?私、入室を許可した覚えはないのだけれど」
ローゼリットはささやかな抵抗とばかりに突き放すが、ウォルフレッドは意にも介さない。
「それはそれは失礼致しました。まさかお嬢様がこの時間に未だグズグズと控えの間にいらっしゃるとは思いもしなかったものですから」
あからさまな皮肉を返され、ローゼリットは拗ねたように頬をふくらませた。
「だって、どうしたってこのドレスが似合う気がしないのですもの。こんな恰好でパーティーに出たら、皆に笑われてしまいそうだわ」
「そのようなことを悩んでいらしたのですか。典型的な被害妄想ですね。スノゥフリッツ家の御令嬢であるあなたを笑い者にする勇気のある人間などいませんよ。この国で当家の援助を全く受けずに暮らしている者が一体どれほどいると思っているのです?」
「でも、それとこれとは話が別でしょう?私、知っているのよ。皆、表向きはお父様に感謝しているけれど、裏ではうちのことを『成金』と蔑んでいるのでしょう?」
その瞬間、ウォルフレッドの双眸が眼鏡の奥で冷たく光った。
「『成金』ですか。どんな王侯貴族も元をたどれば“ただの人”でしょうに。そんなに面白くないものなのでしょうかね、ただの人間が自分たちよりも上の立場に成り上がるのは」
その毒舌の容赦の無さに、ローゼリットの方があわててしまう。
「言葉が過ぎるわ、ウォルフレッド。誰かに聞き咎められでもしたら、ただでは済まないわよ」
「おっと。私としたことが、ついつい口が滑ってしまったようですね。ですが、ここにいらっしゃるお二方は私の他愛のない戯言を誰かに告げ口なさるような方ではございませんでしょう?」
ウォルフレッドはそう言って、取ってつけたような微笑みを浮かべた。その笑顔にローゼリットは呆れ、メイドの方は呆けたように見惚れる。
「さて、お嬢様。会場入りする御覚悟は決まりましたか?早くいらしてくださらないと、予定より一刻以上も早くお着きになってしまわれたあなたの婚約者様が、暇を持て余して何を始められるか分からないのですが」
「レオン……じゃなくて、殿下がもういらしてるの!?ウォルフレッドったら、それを先に行って頂戴!」
ローゼリットはつい先ほどまで前髪ひとつに散々迷って時間をかけていたことも忘れ、弾丸のように部屋を飛び出して行った。その背を見送り、ウォルフレッド『やれやれ』とでも言いたげに吐息する。
「お嬢様も御苦労なことだ。あの歳でもう未来の御夫君のお守をしなければならないとは」
そんなウォルフレッドに、メイドがおそるおそるといった感じで声を掛ける。
「あの、ウォルフレッド様。このようなこと、あなたがなさらずともよろしいのでは?お嬢様をお呼びするためだけにわざわざこちらへ足をお運びになるなんて……。あなたはお屋敷の使用人ではなく、スノゥフリッツ商会の番頭(ヘッド・クラーク)ですのに」
その問いに、ウォルフレッドは振り向くこともなく皮肉な笑みで答えを返す。
「使用人だよ、私は。屋敷ではなく商会に籍を置いているというだけの、な」


ローゼリットの婚約者は会場の大広間に入る前に見つかった。
中庭で十数羽の兎たちと戯れていた彼は、ローゼリットに気づくと屈託のない笑みを見せた。
「ローゼリット!久しぶりだね」
「レオ……じゃなくて……殿下!何をなさっておいでなのですか!?あぁ……もうっ、そんな恰好で動物と触れ合ったりして……御衣装に毛がつくではありませんか!」
「『レオン』でいいよ、ロゼ。ここには僕と君しかいないみたいだし」
「そんなことより御自分の恰好の方を気にしてください!もうパーティーが始まるまで時間が無いのですよ!?」
「あぁ、そうか。じゃあ急がないとだね。僕も早く『未来の義父上』にお会いしたいし」
「だから、その前に兎の毛をお取りになってください!そんな姿を他の方々に見られでもしたら、また何を言われるか分かりませんよ!」
なかなか噛み合わない会話にイライラしながら、ローゼリットは彼の手を取り立ち上がらせる。
ローゼリットより二つ年上の彼は、彼女がまだ赤子のうちに定められた将来の結婚相手だった。名はレオニウス・ゴルド・リプレブルーエン。ブルーエン王国の国王と平民出身の第五王妃との間に生まれた、王位継承権第11位の王子である。
ローゼリットが彼をメイドたちの控室へ引っ張って行くと、中にいたメイドの一人が悲鳴を上げた。
「殿下!またそんなに動物の毛をお付けになって……今度は何をなさったのですか!?」
「……また(・・)?」
ローゼリットが問うような眼差しを向けると、レオニウスは無邪気に事情を説明しだす。
「離宮を出て来る時、ウチのコたちに飛びつかれてね。頭の良いコたちだから、服装や皆の態度だけで、僕がどこかへ出掛けるのを察したんだろうね。皆して『行かないで』って引きとめるから、大変だったよ。仕方がないから小さいコたちは馬車に乗せてギリギリまで一緒に連れて来たし」
「え……?」
ローゼリットが凍りついたように動きを止めた。
「何を、どこまで連れて来たとおっしゃいました?」
「うん。だから、ウチの小さいワンコたちを、馬車に乗せてこの屋敷まで……」
ローゼリットはレオニウスの言葉を最後まで聞くこともなく顔面を怒りで真っ赤にして叫んだ。
「この屋敷に、犬を!?何っってことをしてくれたの!私が大の犬嫌いだってこと、あなたも知ってるでしょう!?」
「お嬢様!敬語!敬語を忘れてます!」
メイドがあわててたしなめるが、ローゼリットの耳には入らない。
「だいたい、パーティーに小犬連れで来るなんてどういうことなのよ!?離宮の人たちは何をしていたの!?誰もあなたを止めなかったの!?」
いきり立つローゼリットを不思議そうに眺め、レオニウスはのんびりと口を開く。
「そんなに怒らなくても、犬たちはちゃんと君の目の届かない所に預けてあるから大丈夫だよ。それより、いいのかい?急がないとパーティーが始まってしまうんだろう?」
あまりに緊張感の無い物言いに、怒っていた自分が馬鹿らしくなり、ローゼリットは大きな溜め息をついて何とか心を落ち着かせた。
「そうだったわね。もういいわ。さっさと身だしなみを整えて行きましょう。今日は大事なお父様の壮行会なのですもの」


ローゼリットの父、グリンフィルド・スノゥフリッツは、十代の頃から商いの世界で頭角を現し始め、持ち前の行動力と商才で一代にしてブルーエン王国一の豪商に昇りつめた男だ。その財力はブルーエン王国のみならず、その近隣諸国や貿易相手国にも影響を及ぼすほどであり、彼の周囲には常に、その恩恵に与ろうという人々が群がって来る。
「相変わらず、すごい人出ね。ルゥバードを置いてきて正解だったわ」
部屋で寝ている病弱な弟のことを思い、ローゼリットは密かに安堵の息を洩らす。
「ああ、ルゥはまた寝込んでいるのかい?道理で姿が見えないと思った。……大丈夫なのか?君たちのお母上も御病弱だったようだし、もし良かったら王宮の御典医に診てもらえるよう取り計らうけど」
「……そうね。必要なようだったらお願いするわ。たぶん、大丈夫だと思うけれど……」
言葉を濁し、ローゼリットは物思わしげに溜め息をつく。
八つ年下の弟・ルゥバードのことは、昔から彼女の心配の種の一つだった。母の命と引き換えに生まれてきたルゥバードは、容姿も身体の弱さも母親にそっくりで、幼い頃から何かといっては熱を出し、床に伏せっていた。ローゼリットは亡き母と留守がちな父に代わり、この弟に精一杯の愛情を注いできたのだ。
「かかりつけのお医者様は、身体よりも精神的なものが原因なのではないかとおっしゃるの。あの子は一度もお母様の胸に抱かれたことがないし、お父様もお仕事で忙しいでしょう?この上、私までもがいなくなってしまったらと思うと……考えるのが恐いわ」
「なるほど。じゃあルゥが一人立ちするまで、君はうちにお嫁に来れないね」
さらりと言われ、ローゼリットは一瞬きょとんとした後、激しくうろたえた。
「い、いきなり何を言ってるのよ」
「何って、僕、何かおかしなことを言ったかい?」
「おかしな……と言うか、その……意味が分かって言っているの?それ」
目を逸らしボソボソとつぶやいた言葉は、レオニウスには届かなかった。
「あ!『未来の義父上』がいらっしゃった!御挨拶に伺わなくては……。じゃあ、ロゼ。また後で」
今しがた会場入りしたグリンフィルドに気を取られ、レオニウスははしゃいだ声を上げながらローゼリットのそばから去って行ってしまった。その瞳はきらきら輝き、頬は紅潮して、今の彼は普段のどこか浮世離れした雰囲気が嘘のように、年相応の少年らしく見える。ローゼリットの心中は複雑だった。
「レオンったら……。本当は私と結婚したいわけじゃなくて、ただ単にお父様の義理の息子になりたいだけなのではないでしょうね」
「そのお考えは案外、的を射たものかも知れませんね。殿下はあの通り、うちの旦那様のことを実の父君のように慕ってらっしゃいますし」
いつの間にそこにいたのか、背後からふいに声を掛けられ、ローゼリットはビクリと身をすくめる。
「ウォルフレッド。乙女の一人言を盗み聞きするなんて趣味が悪いわ」
「失礼。たまたま通りかかったら聞こえてしまったものですから。それで、お嬢様の方はどうお考えなのですか?本気で殿下のお妃になりたいと思っていらっしゃるのですか?」
ウォルフレッドの問いに、ローゼリットはしばし無言になる。
「……分からないわ。物心ついた頃から決まっていたことだし、当たり前のこと過ぎて実感が無いのよ。正直、これで本当にいいのかと思うこともあるわ。だって私、殿下のこと、放っておけない男友達くらいにしか思えないのだもの」
「後悔なさいませんよう、よくよくお考えになった方がよろしいですよ。ご婚約と言っても、旦那様と国王陛下との間で交わされた他愛の無い口約束なのでしょう?……おや、その御婚約者様がお貴族の御令嬢に囲まれてらっしゃいますよ。いかがなさいます?」
「放っておいて良いわよ。下手に邪魔しようものなら恨まれてしまうわ。それにどうせ、どんなアプローチをしても殿下にはまるで通じないのだから」
「あぁ。殿下は今時珍しい純粋無垢なお方ですからねぇ」
レオニウスは貴族の令嬢たちに周りを取り囲まれ、何事か話しかけられている。令嬢たちは皆、熱を帯びた瞳でレオニウスを見つめているが、レオニウスは相変わらずのほほんとした様子で、令嬢たちの視線の意味も、そもそもなぜ話しかけられているのかさえ、まるで分かっていないようだった。
「……まぁ、見た目は申し分ないのよね。熱を上げる御令嬢がたくさんいるのも頷けるわ。あれで、もう少し頼りがいのある性格で、なおかつ一般常識をわきまえてくだされば、言うことはないのだけど」
まるで“絵物語から抜け出してきた王子様”そのままのレオニウスの容姿を遠目に眺めながら、ローゼリットはしみじみと呟く。
「それはいささか難しいご注文ですね。仮にも王族であらせられる殿下に我々一般庶民の常識を御理解いただくのは至難の業でしょうし、それにあの(・・)旦那様の御令嬢であるあなたの目から見て『頼りがいのある』男など、そうはいませんでしょう?」
「……そうなのよね。私って結局、男の方を見る目の基準が、うちのお父様なのよ。でも、あのお父様と肩を並べらえれる男の方なんて、そうそういるはずないものね……」
ぼんやりと呟くローゼリットは、気づいていなかった。すぐそばで彼女を見つめるウォルフレッドの瞳の色に。
もしこの時、彼女が少しでも振り向いて、彼が自分へ向ける眼差しに気づいていたなら、この先訪れる運命を、回避することができたかも知れないというのに……。

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秘密の恋は、胸の奥に隠したまま
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 初めから叶わないことが前提だなんて、ひどい恋もあったものだ。
もっとも、『初恋は叶わない』ものと、どうやら相場は決まっているらしいが。

そもそも恋する相手を自分で選べるなら、これまでにこんな苦労を味わうこともなかっただろうに。
人生なんて、本当、自分では(まま)ならない、厄介なものだ。


初めて会ったのは……俺がまだ小学生の時、か。
最初は確か、戸惑うばかりだった気がするな。家の中に見知らぬ女の人がいる違和感に。
初めて会って、いきなり数ヶ月後に家族になる、なんて言われても、実感も()かないし、どう受け止めていいのか分からなかったよ。

ただ、綺麗な人だとは思った。
顔かたちがどうこうじゃなくて、その真っ直ぐに伸びた髪の柔らかな(つや)だとか、クリーム色のこざっぱりしたスーツに包まれた、ピンとした背筋だとか、見ているだけで安心するような落ち着いた微笑みだとかが……。

 
何だか、今までに出会ったことのない、理想の大人の姿のように見えて。

ぎこちない態度の俺にも、あなたは優しくしてくれていたな。
『くん』付けで名前を呼んで、綺麗に微笑んでくれて。

嬉しくて、どこか気恥ずかしくて、どぎまぎしっ放しだったのを覚えている。
あなたの目に、当時の俺はどう見えていたんだろうな。


子どもだったあの頃は、まだ良かったな。
ただ戸惑うだけで済んでいたんだから。

 
一番苦しかったのは、やっぱり中学生になって、あなたへの想いを自覚してからだった気がする。
それが許されない想いだなんてこと、さすがに分かりきっていたし。

だけど、本当に一番怖かったのは、モラルでも世間の目でもなく、あなたにこの気持ちを知られることだった。

夫に対して何の不満も無い人妻が、俺みたいなガキにそういう目を向けてくれるはずなんてないことを、俺はちゃんと分かっていたし、何の期待も希望も抱いてはいなかった。

 
だから、あなたへの想いがバレて『気持ちの悪い子』と思われたり、距離を置かれたりすることだけを、ただひたすらに恐れていた。

あの頃は、正直、あなたと目を合わせることさえ恐かったよ。
 
町を出て遠くの学校を選んだのは、捨てようにも捨てられないあなたへの恋心を、物理的に距離を置くことで(あきら)めようと思ったからだった。
当たり前に近くの学校を受けると思っていた親父を説得するのには、かなり骨が折れたけど……。

でも俺の目論見(もくろみ)は、半分以上は成功していたと思う。
あなたの姿が目に入らない遠くの学校で、部活にも入って、毎日遅くまで必死に練習していれば、自然とあなたを想わずにいる時間も長くなっていった。

あなたへの想いは気の迷いだったのだと思い込もうとして、軽い気持ちで女子とつき合ってみたりもした。
だけど、たまに地元へ帰って、あなたと会うと、否応なしに思い知らされてしまうんだ。

俺が恋だと思い込もうとしていたアレは、恋なんかじゃない。
あなたと一緒にいる時と、“彼女”と一緒にいる時では、胸の(うず)きから何から、まるで違うってことを。


だけど、それでも、この想いを明かす気は、さらさら湧いては来なかった。
それをしても得るものなんか一つも無く、何もかもを失うだけだってのは、思い悩むまでもなく分かりきっていたことだから。

――ただ単に、想いを告げる勇気も、未練を断ち切る覚悟も無かっただけだろうと、そう言う人もいるかも知れない。
だけど俺は、これで良かったと思っているんだ。

きっと、叶えるだけが恋じゃない。
想いを伝えるだけが恋じゃない。
胸の奥に大事に隠して、誰にも触れさせずにひっそりと守り続ける……そんな恋があってもいいだろう?


あなたと出逢ってから、既に数十年もの時が過ぎ、俺は何とかこの想いに折り合いをつけた。
あなたに対する想いとは種類が少し違っても、共に人生を過ごしていきたいと思うような女性にも出逢えたよ。

……でも、それでも……やっぱり初恋ってヤツは“別格”なのかも知れない。


最近、あなたは歳を気にするようになった。
俺が帰省するたびに「もうすっかり、おばあちゃんでしょ?」なんて自嘲するように言って、小ジワの増えた顔でおっとりと笑う。

 
俺が「そんなことないですよ。ちっとも変わらないですよ」なんて言っても、あなたはお世辞だと思って信じてはくれない。
……俺は結構、本気で言っているのにな。

あなたのことを、そんなにカンタンに“おばあさん”だとか“おばさん”だとか思えるなら、俺も少しはラクになれたのに。

どれだけ歳をとろうと、容姿が変わろうと、俺の中であなたはずっと、出逢ったあの日の印象のまま。
今でもふとした仕草や微笑みに、綺麗だなんて思ってしまうんだ。

 
本当、初恋ってヤツは自分でも儘ならない、幾つになっても性懲りもなく胸をくすぐってくる厄介なシロモノだ。


だけど、俺はひょっとすると、そんな厄介な物思いを味わうために、わざわざあなたに会いに来ているのかも知れない。

実らなかった夢や、手に入らなかった宝物を遠くに眺めて愛しむように、叶わなかったからこそ、今なお綺麗なままで胸の奥底に灯り続けるこの恋を、眩しく、哀しく、甘酸っぱくもほろ苦く味わうために……。

 

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シャークスキン王国奪還記(仮)プロローグ
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JUGEMテーマ:ファンタジー小説

 

 いつも始まりは、その大階段の所だった。大理石の、幅の広い階段。吹きぬけのホールの天井には華麗なシャンデリアがかかっていて……自分――いや、その人は、そんな階段を必死に駆け上っていく。走りながら、名を叫ぶ。
「シヴェット……!シヴェット……陛下……っ!」
 白亜の宮殿、という形容がピッタリとハマりそうな美しい城内の、鏡のような廊下を、半ば滑るようにその人は走っていく。この“夢”のラスト・シーンの舞台である、あの部屋へと……。
 その部屋は、城内でもひと際豪華で巨大な白い扉の向こうにあった。その人は、息を切らしながらノックもせずに扉を開く。
 その人の探していた人物――シャークスキン王国国王シヴェット・クール・シャンブレーは熱風に髪をなぶらせ、一人バルコニーから城下を見下ろしていた。戦火に燃える城下を……。
「シヴェット……陛下、ここにいらしたのですね」
 その人は安心したように吐息し、バルコニーに立つ主の元へ歩み寄っていった。
 シヴェットは静かに振り向く。王とは言え、まだ20代そこそこの年若き青年である。未だ少年の頃の面影を残したその顔には、だが、一切の表情が無かった。
「……ご覧の通りです。この城に踏み込まれるのも、もはや時間の問題でしょう。早くお逃げになってください」
 その人は苦い声で王に告げる。だが、彼は顔色ひとつ変えずに言った。
「私は逃げぬ」
「……え?」
「民を見捨て己だけ助かろうとは思わぬ」
「諦めないでください!今は国を奪われようと、生きてさえいれば、いずれ取り戻せる日も……」
「……おめおめと王都にまで敵の侵入を許してしまった私には、到底無理なことだ。私は、あの皇帝と戦えるだけの器ではなかった。選択を誤り、国を焼き、民の血を流した報いは受けねばなるまい」
 王は目を伏せ、静かに言葉を紡ぐ。その人は、耐えられないとでも言うように首を振り、叫んだ。
「それでも……!貴方を守るのが私の使命です!貴方と、この国を守ることが……!」
 王は、どこか憐れむような眼差しでじっとこちらを見つめていた。
「…………それに、これは貴方のせいなんかじゃない。全ての元凶は……」
 言いかけた言葉は、すぐに遮られた。
「それは違う。それを言うなら、全ての原因はお前をこの国に連れてきた私……いや、俺にある。お前の背負う運命も何もかも知った上で……それでも俺は、お前をこの国――俺のそばに連れて来ることを選んだ。俺ならお前をその運命から守れると思っていた。……とんだ思い上がりだったがな。結果は、王として守るべき国さえも巻き込んで、このザマだ」
 少年の頃のくだけた口調に戻り、王は苦笑した。
「だが、それでも俺は……お前をこの国へ連れて来て良かったと思っている。民たちも、お前を恨んでなどいないだろう。お前は、この国の民に幸福をもたらしてくれた。そして民たちも、お前のことを心から敬愛していた。たとえ今日この国が滅びようと、それだけは変わることなき真実だ」
「シヴェット……頼むから、死ぬなんて言うな。お前が死んだら、私はまた……」
 その人もまた、それまでの言葉遣いを棄て、まるで親友に語りかけるかのように王に懇願する。涙が頬をつたう感触がした。
「……最後まで、ひどい奴だな、お前は。そんな顔で、そんなことを言わないでくれ。俺の望みを受け入れる気もないくせに」
 言葉ではなじりながらも、その顔と声は苦笑のままだった。
「シヴェット……私は…………」
 その人は、何かを言おうとして、だが、何も言えずに黙り込む。
「……分かっている。ひどいのは俺の方だな。お前の運命を知りながら、最後の最後まで性懲りもなく、わずかな期待に縋っている。もう、妻も娘もいるというのにな」
「シヴェット……」
「ヴェルヴェットは先に逃がした。お前は、王女と共に逃げろ」
 王は未練を振り切るようにキッパリと告げた。
「姫を頼む。勝手だとは思うが、私ではなく、私亡き後の王位を継ぐあの子を、お前の“守るべきもの”に……」
 そこで、言葉は途切れた。遠く城下から、青い閃光が放たれ、一瞬でバルコニーに立つ青年の胸を貫いた。
 氷の矢。本来なら、ヒトの持つはずのないチカラ……。
 喉から悲鳴が迸るのが分かった。だが、それは耳には聴こえない。全ての音声が、その場から消え去る。音だけでなく、世界自体、闇に堕ちたようにブラックアウトする。
 それが何度も繰り返されてきたその“悪夢”の、“夢の終わり”だった。
 
「いやあぁぁあぁぁっ!」
 少女は絶叫し、その声で目が覚めた。額も背中も汗ばみ、頬には涙がつたっている。
 少女は心を落ち着かせようと大きく息を吸い込み、両膝を抱えてベッドの中にうずくまった。
(これで、何度目なんだろう、この夢……)
 もう、数えるのも億劫になってしまうほどに繰り返し見る悪夢。初めのうちは恐くて、眠るのさえイヤなほどだった。
 頭を押さえてため息をつくと、コンコンとノックの音が聞こえた。
「リンネル、ちょっと入ってもいいかの?」
「……うん。おじいちゃん」
 リンネルが言うと、ランプを片手に持った老人が姿を現した。リンネルのただ一人の家族、フランネルだ。
「また、あの夢か?」
 フランネルが訊くと、リンネルはこっくりとうなずいた。
「お前も難儀じゃのう。過去の出来事を夢に見るのは占術師としての潜在能力が高い証ではあるのじゃが……その夢が王国滅亡の日の夢とはのぅ……。能力を抑える方法も、きちんとした占術師が里におれば分かるのにのぅ……」
「……しかたがないよ。王国滅びたのに、こうして帝国の奴隷にもならずに生き延びられてるだけで“もうけもの”なんだから。あんまりゼイタクは言えないでしょ。それに、夢の中だし最後には死んじゃうとは言え、今はもういない王様の姿をハッキリ見られるなんてラッキーだし」
「お前は本当にシヴェット陛下のことが好きなんじゃな」
「うん!だって超イケメンだし!……でも、あの王様の顔って、何っとなく、どこかで見たことある気がするんだよねぇ……。何でなんだろう?王国滅びた頃って、私、赤ちゃんだったはずなのに。ねぇ、おじいちゃん。私、王国にいた頃、王様と直接会ったこととかあるの?」
「……どうじゃろうのぅ。覚えておらんのぅ」
 フランネルはどこかはぐらかすようにそう言った。
「……にしても、あの夢、誰の見てる光景なんだろう……。ずっと、誰かの視点から物を見てる感じなんだけど。たぶん、国の重要人物で、王様とも仲が良い感じで、王様の最期を見届けた…………ねぇ、おじいちゃん。そういう人、この里にいる?」
 リンネルの住む里・アリッサムは、帝国の侵攻から逃れたシャークスキン王国の住民――それも、一般庶民ではなく、国の重要機関の要職に就いていた人物やその子どもたちの暮らす隠れ里だ。だから、リンネルの夢の“主人公”である人物がいたとしてもおかしくはない――そう思って訊いたのだが、フランネルは首を横に振り、ふっと真面目な顔になって呟いた。
「……ひょっとするとその夢、死霊の見る夢なのやも知れんのぅ……」
「……え?何?」
「……いいや、ただのひとり言じゃよ」
 

 

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この気持ちを恋と呼んでも良いのなら、
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JUGEMテーマ:恋愛小説

 

 遠く離れた今になって、君のことばかり思い出すよ。
 もしかしてあれは、恋だったんじゃないか……なんて。
 
 “今更”な話かも知れないね。
 あの頃に、ちゃんと気づけていたら良かったのにね。
 
 この街は思っていた通り、圧倒的に人工物が多いよ。
 あの町にいた頃は、東西南北どこを向いても視界に山が映っていたのに、コンクリートとアスファルトに囲まれたこの街では、周りにどんな山や川があるのか、ここがどんな場所なのかすら、よく分からない。
  
 特に、地下鉄から繋がる迷路みたいな地下通路は最悪だよ。
 案内表示通りに進んでいるはずなのに、気づけば全然別の場所に出ていたりするんだもの。

 
 もう東京へ来て何ヶ月も経つのに、未だに、いつも使っているルート以外の道へは、恐くて入れない。
 最初のうちは何度もここで迷って遅刻しそうになったもの。

 
 一度なんて、あわてて走っていたら、通路で派手に転んじゃったこともあるよ。

 
 鞄の中身が床にばらばらこぼれて、履き慣れてないパンプスが片足だけすっぽ抜けて飛んで行っちゃった。
 人目を気にして、ひとりで焦って散らばったものを拾いながら……何だかちょっぴり泣きたくなったよ。

 
 ばかだよね。上京するって決めたのは、私なのに。
 
 君と居たあの町が、嫌いだったわけじゃないよ。
 むしろ、離れ難いくらいに好きだった。
 
 何でもない田んぼの中の道も、遮るもののない広い空も、その縁を囲むように青いグラデーションで重なった山々も。
  
 でも、それでも、東京の街や、そこでの暮らしを一生知ることなく、あの町の中だけで終わっていくのは、嫌だったんだ。
 自分の可能性を試してみたい――なんて、今にして思えば、世間知らずの無謀な思い上がりだったのかも知れないけど。
  
 町を離れる日、始発なのに見送ってくれたよね。
 まだ外は暗くて、ホームには私たち以外誰もいなくて、白い息を吐きながら、自販機で買ったホット・ミルクティーで指をあたためていたっけ。
  
 あの時、君は何かを言おうとして……でもたぶん、本当に言いたいことは口にしないまま、笑って「頑張れよ」って言ってくれたよね。
  
 私、気づいてたけど、訊けなかった。
 君のことはずっと、一番仲のいい男友達だと思っていたから。
 
 小学校の頃から一緒で、小さい頃にはヤンチャな遊びもいっぱいした、気心の知れた親友。
 恋人とかじゃないからこそ、気楽に何でも言えて、いつもそばにいて安心した。
  
 ……本当は、君が時々何かを言いたげに私を見ていること、知ってたよ。
 でも、気のせいだって自分に言い聞かせてた。
 
 君が私を好きかも知れない、なんて――そんなの自惚れだって。
 特に美人でも何でもない私が、誰かに恋されてるだなんて、そんなのただの勘違いだって。
 
 ……でも、本当は恐かったのかも知れない。
 
 もし君が告白してきたとしても、私はどう答えればいいのか分からなかったから。 
 君のことを恋人として好きになれるかどうかなんて、分からなかったから。
 
 関係が、変にこじれてしまうのが、恐かった。
  
 なのに、あの時聞けなかった君の言葉が……君が呑み込んで隠してしまった本音が、今でも胸にモヤモヤとくすぶっているんだ。
  
 だからかな。
 遠く離れた今になって、君のことばかり考えてしまうんだ。
 もしかしたら、これは恋なんじゃないか……なんて。
  
 面白いものを見つけた時、君にも教えてあげたいのに、スマホのメッセージだけじゃ上手く伝えられなくて、もどかしくなる。
 
 辛いことがあった時、『今となりに君がいてくれたらいいのにな』って、思ってしまう。
 通路で転んだ時だって、そばに君がいてくれたなら、きっと笑い話に変えられたのに。
  
 この気持ちは、恋なのかな。
 それとも単なる甘えとか、ホーム・シックとかなのかな。
 自分でも、よく分からない。
  
 ただ、心が重く沈んだ時、空を見上げて思うんだ。
 今もあの町で、縁をぐるっと山に切り取られた凸凹の空の下にいる君のことを。
 
 私がこの街で必死に生きてるように、君も今頃あの町で、君の選んだ道を頑張っているのかなって。
 そんな君の姿を思うだけで、心がふわりと軽くなるんだ。
 私も頑張ろうって、そう思えるんだ。
  
 この、パステルをぼかしたみたいに淡くて、ふわふわと優しいばかりの気持ちが、恋なのかどうかは分からない。
 でも、恋だったらいいのになって、思うよ。
  
 この気持ちを恋と呼んでも良いのなら、今度こそ訊ける気がするから。
  
 あの時、君が封印した言葉。
 あの夜明け前の駅で聞けなかった君の本当の言葉を、今、私は逃げずにちゃんと知りたいと思っているんだ。
 

 

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初恋が実らない理由
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JUGEMテーマ:小話

 

 俺って、 ( ) い彼氏じゃなかったよな。 
告白もデートの約束も、ほとんど君に任せきりで。

 
だから、こういう結末になったのは、ごく自然で当たり前で、仕方のないことなんだろうけど……。


君が何で俺を好きになってくれたのか、実は未だによく分からないんだ。

 
俺は口も上手くないし、面白味のある人間でもない。

 
クラスの人気者たちを、教室の隅からそっと羨ましがってる――そんな人間だって自覚していたからね。

 
正直、俺のことを好きになってくれる女子なんて、いないんじゃないかとさえ思っていたよ。

 
だから、君に『好き』だと言われた時は半信半疑で、『ひょっとして罰ゲームかドッキリなんじゃ…?』と疑ったりもした。

 
だけど、君の緊張に震える声や、不安そうな目が、コレを現実だと訴えかけてきて……すごく、ドキドキしたのを覚えている。


嬉しくて、そのまま流されるように君とつき合いだしたけど……思えば俺は、誰かとつき合う覚悟なんて、全然できていなかったんだ。

 

初めての彼女という存在に舞い上がった俺は、恋愛漫画の ひな形 ( テンプレ ) をなぞるように“恋人らしい”シチュエーションを実行するのに夢中で、君が何を望んでいるのかなんて、考えることもできなかった。


俺のキャラにも合わなければ君のシュミにも合っていないデート・コースはものの見事に空回って、互いをギクシャクさせるばかりだったよな。

 
おまけに俺は、彼氏らしくカッコつけられない自分に勝手に凹んでテンション下がりまくりで、一生懸命会話を続けようとしてくれた君の話にも半分上の空だった。

 
俺は“楽しい”どころじゃなかったけど、きっと君は俺以上に、あのデートを楽しめなかっただろうね。

 
……そんな風に、君の気持ちに思いを馳せられるようになったのさえ、実は今頃になって、やっとのことなんだ。


あの頃の俺は何となく、人間関係っていうのは一度形ができ上がれば、よほどのことがない限り、ずっとそのまま続いていくものだと思っていた。

 
だけど、違うんだな。

 
どんなに立派に形を整えてコンクリートで岸を固めても、流れる水が無くなれば、そこが川でなくなるように、日々の会話だとか、デートの回数だとか、そういうものが少なくなればなるほど、関係は曖昧(あいまい)になっていく。


気づいていたのに――いや、途中でやっと気づけたのに、俺はそれでも動けなかった。

 
君との心の距離が離れていくほどに、何を言ったらいいのか分からなくなった。

 
君の反応が恐くて、自分から動くことができなかった。
――そんな不安や恐さなんて、きっと君も同じだっただろうに。


恋愛ってやつは、告白したりされたりして彼氏彼女になれれば、それで終わりのハッピーエンドじゃないんだな。

 
そこからつき合いを持続させていくには、それ相応の労力が要る。
俺はその労力を、きっと君だけに負わせていたんだ。

 
告白が君からだったことを理由にして。自分のコミュ力が低いことを言い訳にして――。

 
そうして君が一人背負ったソレに押しつぶされて、疲れ果てて、俺とのつき合いをやめたくなったのも、当然の結果だったんだろうな。


あの日、あの時――告白してきたのが君じゃなかったとしても、俺はつき合っていたかも知れない。

 
あの時、あの瞬間まで、俺にとっての君はそれくらいの存在でしかなかった。でも、今は違う。

 
俺のことを初めて好きになってくれたのは、君だった。

 
家族でもない異性と、あんなに長く、いろいろなことを話したのは、君が初めてだった。

 
初めてデートしたのも、初めて、恋人として手を繋いだのも……。

 
君の手に触れる、たったそれだけのことに、何度も何度も飽きるんじゃないかってくらいに躊躇(ためら)って、緊張して、東京タワーからバンジーするくらいの勇気が必要だったんだ。

 
あんなに心臓が震えたのも、甘酸っぱいような、くすぐったいような不思議な気持ちになったのも、全部、君が初めてだったんだ。


君と言葉を交わすたび、君とふれ合うたび、どんどん君が特別な人間になっていった。

 
クラスの他の女子たちとは明らかに違う、他の誰にも代えられない、俺にとってのたった一人……そんな存在がいるってだけで、何だか俺の人生自体が、今までとはまるで違って思えたんだ。


それなのに……俺は結局、この恋を守れなかった。


「初恋は実らない」ってジンクスの理由、今の俺には分かる気がするよ。
たぶん初めて恋をする頃には、皆まだいろいろ未熟過ぎて、その恋を実が結ばれるまで守ることができないんだ。


俺の初恋はこれまで、小学2年の時のことだと思ってきたけど、君を知った今となっては、あれは恋とも呼べない淡い憧れでしかなかったのだと思っている。

 
俺にとっての本当の初恋は、きっと君だ。

 
そしてこの初恋は、やっぱり実を結ぶことなく終わろうとしている。


ごめんな。サヨナラを切り出すのまで、君任せにしてしまった。
俺からは、どうしても言えなかったから。

ごめんな。結局俺はきっと、君を傷つけるばかりだった。

 
「もっと 早くに ( ・・・ ) 出逢えていたら…」って言葉がよくあるけど、俺は「もっと 遅くに ( ・・・ ) 君と逢えていたら」と思うよ。

 
こんなにコミュニケーション能力も精神も未熟な俺じゃなかったら……もっと人生経験を積んで、今よりもっと上手く人とつき合えるようになった俺だったら、君との恋を途中で散らせることもなく、ちゃんと成就できたかも知れないのに。


……サヨナラ。引き留めようとは思ってないよ。

 
引き留めたところで、俺はすぐには変われない。
きっとまだ当分は、君を悲しませる俺のままだ。

……なんて、物分かりの良いフリをしたって、本当は、引き留めて、拒絶されて、傷つくのが恐いだけなのかも知れないけど。


ごめんな。最後なのに、気の利いた言葉ひとつ、思いつけない。
辛そうな君を慰める言葉ひとつ、出て来ない。

 
人間 ( ひと ) はどれだけの歳月を重ねれば――どれほどの経験を積めば、相手を傷つけず、誰も悲しませずに恋ができるんだろう。


君は、信じてくれないかも知れない。
「私だけが、ただ一方的に好きだった」と思っているかも知れない。

 
だけど、俺はちゃんと好きだったよ。君のことが。
人生で、初めての恋だった。

 
……なんて、今さら言うこともできやしないけど。


きっと、俺は君をすぐには忘れられない。
君の新たな幸せを素直に願えるほど大人でもない。

 
だから今はただ、この恋が俺にとっても、君にとっても、ただ辛いだけの心のキズではなくなるように……いつか、ほろ苦く、懐かしく振り返れるような、そんな思い出に変わってくれればいいと、そんな風に祈っているんだ。

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タイトル
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終末へと至る世界で逃避行中の少女に恋をした機械人形(エピローグ)
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JUGEMテーマ:SF/Sci-Fi/空想科学

 

・以前UPした「終末へと至る世界で逃避行中の少女に片想いした××××(プロローグ)」のエピローグです。

・とりあえずプロローグとエピローグだけで、間はありません。

・内容はこんな感じ。
     ↓ 
・「心を持つロボット」を目指して作られたロボットRB−3は、開発者には「結局心を持つには至らなかった」と見放され、博物館の案内役として払い下げられた。

・その博物館も閉鎖され、RB−3は誰も来ないフロアにぽつんと残されていた。

・そこに突如侵入者が…。侵入者は他人の感情を読み取る特殊能力を持つ少女・サラシェ。
(かつてはその能力により“神秘の占い姫”として活動していた。)

・彼女はその能力により、RB−3に心があることに気づく。

・サラシェはRB−3を仲間の所へ連れて行き、「ルビ」と名付けて旅に同行させることにする。

・世界は終末戦争の最中。戦争で生じた粉塵が厚い雲となって空を覆い、気温が低下し続けている。

・サラシェはその能力により軍に目をつけられ追われていた。

・サラシェの仲間は血の繋がった叔父・ユージンと、かつてサラシェの能力により心を救われた数人の男たち。

・旅の目的地は森の奥深くの山小屋。そこで身を潜める予定だったが、途中追っ手に見つかり、仲間たちは次々に銃弾に倒れていった。

・サラシェとユージンと、被弾したルビだけで何とか山小屋には辿り着いたが……→エピローグに続く。

 


 

『……こコは……どこなノでしょう……』
 僕は状況が何らつかめないまま高い木の天井を見上げた。口から出る音声は時々引き攣れたように音程を狂わせていた。
「おう。良かった。ちゃんと直ったみたいだな」
 ユージンが所々油で黒く汚れた顔を覗き込ませる。
『僕モ撃たれたノではないですカ?』
「音声がちとおかしいか。でも、記憶のバックアップはちゃんとしてるみたいだな」
 ユージンは真剣な表情で僕の瞳を覗き込んだ後、改めて質問に答えた。
「ああ。お前は撃たれたよ。で、俺が直してやったんだ。傷ついたのが替えのきくパーツばかりで助かったぞ」
『何故僕を直しタのですか?』
「二人きりじゃ、どうにも空気が重くてな。お前が直ればあいつも少しは元気になるだろうと思って……」
『二人きリとハ……』
「俺と、サラシェだ。とうとう俺達だけになっちまった」
 その言葉に、僕は弾かれたように身を起こした。
『サラシェは無事ですか?……追っ手は大丈夫だっタノですか!?』
「ああ。無事だ。……礼を言わなきゃならないな。サラシェが無事なのはお前のおかげだ。半信半疑だったが、俺も信じるよ。お前に心があるっていうのを」
 ユージンはどこか疲れたような顔で笑った。

 
 辺りを見回すと、そこはログハウス風の建物の中だった。床や家具は埃を被り、窓硝子は白く濁っている。もう久しく人の住んでいないような、廃屋。
『ここは、どこですか?サラしェはどこですか?』
「ここは俺達が行こうとしてた山小屋だよ。着いたんだ。……サラシェは……部屋に閉じこもってる。……慰めてやってくれないか?俺が行くと、あいつに俺の分の悲しみまで感じ取らせてしまうからな……」
ユージンは扉の一つを指し示して僕の背中を押した。

 僕はわずかに開いた扉を押し開けてそっと中に入る。部屋の中は薄暗く、物の輪郭くらいしか見えない。
『サラシェ……』
 呼びかけると、シルエットの一つがぴく、と動いた。
「……ルビ?」
 ひどくか細い、震えた声。躊躇うように、信じられないというように、サラシェは僕の名を呼んだ。
『はい。ルビは直りました。またサラシェとお話ができます』
「嘘……」
『嘘ではありません。よく見てミて下さイ』
 シルエットがそろそろと近づいてくる。居間から漏れる薄明かりにサラシェの顔が浮かび上がった。涙こそ流れていないものの、その顔は泣き出しそうに歪んでいた。
「ルビ……ルビ……っ!!」
 サラシェは僕の鋼鉄の体に縋りつくように抱きついた。
「皆……皆死んじゃった……!私のせいで……私が、いたから……!」
 サラシェの身体はひどく震えていた。何かをこらえるように。何かに耐えているように……。
『サラシェのせいではありません。皆、誘拐犯として手配されているとロカが言っていタではないですか』
「ロカ……」
 サラシェはその名を呟いてぐっと唇を噛みしめると、泣き笑いの顔で僕を見た。
「でも、私が無理矢理にでもあの人の所へ行って、捕まってれば皆あんな無茶はしなくて済んだはずなのに。……何もかも、私が悪いの。私が……一人で逃げるのが恐くて、皆に甘えて、巻き込んだから……っ!」
 サラシェのその表情は相変わらず僕の 心に痛かった ( 電脳を乱した ) 。笑って欲しい。けれど『笑ってくれ』と言ったところで無理をしたような歪んだ笑みしか返らないだろうことは予測できた。だから、僕は違う言葉を口にした。
『サラシェは何故泣かないのですか?人は悲しいことがあっタ時には泣くものです』
 サラシェの顔が強張った。凍りついたように僕を見つめ……長い沈黙の後に、やっと、小さな声でサラシェは答えを返した。
「……私が泣くと……皆が悲しむもの。ただでさえ暗い皆の心が、余計暗く、哀しくなるもの。……だから……だから、笑ってなきゃならないの。それくらいしか、私にはできないから……。皆の絶望を 一時 ( いっとき ) でも忘れさせて、あげたかった。少しでも、明るい気持ちにさせてあげたかった。……ううん、本当は私も、忘れていたかった。本当は、恐くて、恐くてたまらないってこと……!」
 その声は、だんだん泣き声じみたものに変わっていった。それでも、涙は零れない。
『泣いて下さい、サラシェ。泣くのを我慢しているサラシェの顔の方が僕には……悲しいです』
 電脳の中に生じたその反応が本当に悲しみと呼ばれるものであるのか、僕には分からなかった。それでも、僕はその言葉を口にした。ただ、サラシェに我慢をやめて欲しくて。
 サラシェは身を離してじっと僕の瞳を覗き込んで……くしゃくしゃの笑顔になった。その頬を涙が滑り落ちる。
「本当だ。悲しんでくれるんだね、ルビ。ありがとう……」
 嗚咽混じりに礼を言った後、サラシェは爆発したように泣き出した。その泣き声を聞きながら、僕はかつて博物館で聞いた子供の泣き声を思い出していた。
『思いきり泣ケば、きっとマた笑えるようになります』
 博物館で走って転んで泣き出した子供も、すぐにまた笑顔を取り戻していたから。また、笑顔を向けてもらえるように。僕は優しい言葉を紡ぎながら、サラシェの涙が収まるまでずっと胸を貸していた……。

 

「おい、二人とも、ちょっとこっちへ来てくれ」
 サラシェの嗚咽が収まった頃、ユージンが部屋の外から声を掛けてきた。サラシェは白目まで赤く染まった目をこすって立ち上がる。
 ユージンは下へと続く階段に足をかけていた。ここは一階だから地下室への階段ということになる。
『下に何かあるのですか?』
 階段を慎重に下りながら僕は問う。ログハウス風の一階部分と異なり地下室はコンクリート製の頑丈な倉庫になっていた。そして、そこには……。
「何、これ?」
「冷凍睡眠装置、だ」
 サラシェの問いにユージンは端的に答えを返す。
 冷凍睡眠装置――文字通り人間を眠らせたまま冷凍し、通常なら老いて死んでしまうような長い時間を生きさせるそれは、二年前に隣国の大学教授が理論を発表し、実際にそれに基づいて試作機が作られた。一週間、一ヶ月単位の動物実験には成功しているが、年単位の実験はまだ行われていない。……まだ完璧に成果が実証されたとは言い難いその試作機を、研究費を集めるために数台複製して売り出したところ、人一人一生遊んで暮らせるほどの高額な値にも関わらず完売した……というのが僕の記憶にある情報だ。実物を目にするのは僕も初めてだった。
「なんで、それがここにあるの!?」
「安心しろ。盗んだわけじゃない。買ったんだ。お前の占いで儲けた金でな」
 ユージンは淡々と言いながら装置を起動させていく。
「……何をする気……?」
「……例え、追っ手や戦火から逃れられたとしても……気温の低下から逃れることはできない。あの雲は、当分は晴れない。そして地球全域冬に閉ざされる。凍死を免れたとしても食糧不足で死ぬだろうな」
「……だから……何をする気なの?」
 ユージンは装置をいじる手を止め、感情の読めない顔でサラシェを見つめた。
「眠っていろ。世界が元に戻るまで、な」
「眠るって……この機械、一人用じゃないの!?」
 泣きじゃくった名残で赤く染まっていたサラシェの頬がすぅっと青ざめていく。
「そうだ。お前が生き残るんだ。……そのために俺達はここまで来たんだから」
「嫌ッ!!」
 サラシェは首を振って後ずさる。
「私一人で生き延びて……ユージンも……誰もいない世界でどうしろって言うの!?」
 くすり、とユージンは笑った。苦い笑みだった。
「そう言われると思っていたよ。だがな、これは皆の遺志でもあるんだ。……すまなかったな、サラシェ。考えてみれば当たり前だよな。恐くないわけ、ないよな。でも、お前、知らないだろう?お前の存在に俺達がどれだけ救われてきたか」
 頬に微笑を浮かべたまま、ユージンが一歩、また一歩とサラシェに歩み寄っていく。サラシェは大きく目を見開いて瞬きもせずに立ち尽くす。
「逃れられない死が差し迫ってくる世界で、お前だけがそれを忘れさせてくれた。お前を守って、ここへ送り届ける目的があるうちは、皆絶望の未来なんて考えずに済んでいたんだ。これからも……お前が数百年先の未来で笑っていてくれると思えば、俺はこの人生を悔いずに済む」
「嫌……ッ!こんな、こんな別れ方、やだよ!眠るなら、ユージンが!!」
「……俺はもうくたびれたんだよ。誰もいない未来で生き延びる気力なんて無いのさ」
「そんなの、私だって……!」
「……一人じゃないさ。この装置は人の手でしか解凍させられないんだ。だから、一人きりで目覚めることなんてない。お前なら知らない人間とだってまた新たな関係を作れるさ」
 ユージンは諭すようにそう言うと……ポケットから素早くハンカチを取り出した。何か薬品の染みこんだそのハンカチでサラシェの口元を覆う。
「…………ッ!!」
 サラシェは必死に抵抗した。しかし子供の細腕では大人の男に敵うはずもない。サラシェは朦朧とした瞳で僕を見つめ、手を伸ばした。助けを求めるように。くぐもった声が僕の名を呼ぼうとして……明確な言葉にもならず、そのままサラシェは意識を手放した。
 ユージンは力の抜けたサラシェの身体を軽々と抱え上げ、装置の中に横たえる。その寝顔を、ユージンは目に焼き付けるように見つめ続けた。
「ルビ、お前もよく見ておくといい。ロックをかければこれから少なくとも二百年は誰の手が触れてもサラシェは目覚めないからな」
 サラシェから目を離さぬままユージンは言う。僕はその言葉に従ってサラシェの寝顔を覗き込んだ。これが別れなのだと思うと、僕の 思考回路 ( こころ ) は複雑に揺れた。

 別れたくなどない。しかし、ここで眠りにつかせなければ、サラシェはやがて死んでしまうだろう。ほぼ百パーセントに近い確率で。
 サラシェが死んでしまう未来と、サラシェが生き延びて数百年後の世界で再び笑う未来。 電脳 ( あたま ) の中で 想像 ( シミュレート ) して、僕は自分を納得させた。サラシェの死を眼にする未来は、選べなかった。

 装置の冷凍処理を終え、そのまま一晩を小屋で過ごすとユージンは旅支度を始めた。
『何処へ行くのですカ?』
 僕の問いに、ユージンは笑う。
「さて。何処がいいかなぁ。とりあえず、こことは全然違う場所、だな。……俺の足取りがこの森で消えたとなれば、奴らこの辺を捜索しちまうだろ?」
 わざと明るくそう言って、ユージンは小屋の戸を開けた。僕は今までもそうしてきたように、ユージンの後について小屋の外に出る。屋外は、以前よりも更に気温が下がっていた。
 僕に背を向けたまま、ユージンがふっと空を仰ぐ。梢の間に覗く灰白色の空から、ひら、と白いものが舞い降りてきた。手のひらに受け止めて、 ( ユージン ) は苦笑する。
「――とうとう、降ってきやがったかァ……」
 呆れるように、どこか嬉しげにそう呟いて、男は僕を振り返った。
「ルビ、ついて来なくていいぞ。お前はここでサラシェを守っていてくれ。……機械のお前なら、あいつをずっと守っていてやれるだろう?」
 僕は答えられなかった。
「……そうか、さすがに『ずっと』なんて曖昧な期間の約束はできないよな。……できる限りでいいんだ。あいつを、守ってくれ」
『――はい』

 

 その『できる限り』が 一月 ( ひとつき ) にも満たないであろうことを、僕は口にしなかった。
 博物館を出て以来、一度も充電をしていない。……動力に限界があった。
 僕の返事に頷いて、男は背を向け歩き出した。僕は戸口に座り込んで、その背を見送った。その背が森の木々に遮られ、見えなくなっても。
 ……その後、男がどんな道をたどったのか、僕は知らない。

 僕は男を見送ったそのままの姿勢で山小屋の戸口に座り続けた。このまま小屋への入口を塞ぐ障害物になるつもりだった。……やがて動けなくなる僕にできるのはそれくらいしかなかったから……。
 一人戸口に座り込んで映すともなしにその ( レンズ ) に森の風景を映す。その眼には、男を見送った頃から降り出した雪がちらちらと舞い踊っていた。

 
 ……そして、今も、山小屋の戸口に僕は座る。

 雪は、降り止むことなく積もっていく。うっすらと地面が白く雪を被り、それがどんどん厚くなり、やがて地面が見えなくなり……それでも、止まない。

 雪は僕の身体をも覆っていく。やがて、僕の身体は胸まで雪に埋もれた。雪の重みで、もはや手足は動かせない。体の中身も、今にも凍てついて停止してしまいそうだった。体から発せられる熱がかろうじてそれを防いでいるが、動力が切れればそれも失われ、僕は雪の中で凍結するだろう。

 
 僕は扉にもたれたまま、ずっと降り続く雪を見ていた。――もう、動力があとわずかしか保たないことは分かっていた。
雪は降り積む。森で流れた血の痕も、男の遺していった足跡も、サラシェの眠る廃屋も、木々も、僕も――みんな埋めて。まるで世界を閉ざすかのように。
 僕は眼にそれを映したまま……たったひとつだけ、最後の動作を行う。残り少ない動力を使って、たったひとつだけ出来ること……。
 僕は、僕の中に記憶されたサラシェの笑顔を電脳の中に再生させた。僕に向けられた彼女の笑顔……。本当の彼女は今、僕の後ろの廃屋の中に眠っている。しかし彼女がその目を開けて再び微笑むのは数百年後の未来だ。――数百年の眠りの後、彼女は目覚める。全ての終わった未来に――。

 

 雪は、真っ白に…、森を、…世界を眠らせていく。だけど……今は冷たく森を埋める雪も……、数百年後には、きっと……。

 僕は…だんだんと…処理速度の遅くなっていく…電脳の中で、……途切れ途切れに君の笑顔を思い出しながら…………思う……。

  

 きっと……君が…目覚めるころには……

この…雪も………溶ける……だろ――――――……―――――――――――――――――――――――――…―――…………。
 

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タイトル
タイトル
和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」初期設定版・冒頭部分
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JUGEMテーマ:ファンタジー

 

※これはオリジナル小説サイト「言ノ葉ノ森」に掲載している和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」決定稿前初期設定バージョンの試し書き(冒頭部分のみ)です。

 

決定稿とはヒロインの性格設定がかなり異なります

(裏話で書いたことのある「花夜(ヒロイン)の性格がラウラ(別作品のヒロイン)だったバージョン」です。)

決定稿を既に読んでいて「イメージを壊されたくない!」という方は読まない方が良いかも知れません…。

 

その辺りをよくご注意・ご検討の上、お読みください。

    ↓


 

「せっかくの月待の日にあいにくの天気ですねぇ」
 まだ年若き茶店の主人は、外の雨を眺めながら苦笑混じりに話しかけてきた。差し出された茶を受け取りながら、俺はぼんやり頷く。
「……ああ。今夜は二十三夜なのか」
 夜半に出る二十三夜の月を待ち、神に供物を捧げて夜通しの宴を行えば、願いが叶う。いつの頃からかは知らないがそんな信仰が流行っているのは知っていた。
「あれ?兄さんは月待の願掛けにいらしたわけではないのですか?今日はそういうお客さんが多いもんで、てっきり兄さんもそうだと思っていたのですが」
「いや……」
「この天気ではどうなるか分かりませんが、もし晴れて月が出るようなら兄さんも願を掛けてみるとよろしいですよ。月待と言っても普通はそうそうご利益があるもんではありませんけどね、この辺りではよく願いが叶うと評判なんですよ。特にこんな時季。竜神様のお出ましになるような季節には……」
「竜神?」
 さすがに聞き咎めて、俺はその語を繰り返した。
「はい。この辺りの山では、こんな花の咲く時季、よく空を飛ぶ竜神様のお姿が見られるそうですよ。今降っているこの雨も、ここらの人間には『竜神様の涙雨』と呼ばれています。この時季に雨が降るのは、竜神様がお泣きになってらっしゃるからだと」
 笑みに苦いものが混じるのが自分でも分かった。竜神の涙雨とは、随分と皮肉な名だ。
 無言で茶を飲み終え、勘定を済ませ、俺は席を立った。外はまだ雨だが、俺には関係無い。そのまま店を出ようとし……、俺はふと思いついて店主に声を掛けた。
「そうだ。お前、花は好きか?」
「花?はい。好きですけど……」
「ならば、これをやろう」
 言って、腰に下げた小袋から取り出したものを店主の手の上に置く。店主は目をぱちくりさせた。
「花の種……ですか。いったい何の花の種なんです?」
「幸を呼ぶ花の種だ。強く願って育てれば、『自分以外の誰か』に幸を与えてくれる」
「え……?」
 店主の疑問の声には答えず、俺は今度こそ店を後にした。
 しばらく峠の道を行き、人気が無くなったのを見計らって俺は足を止める。
 肩の力を抜き、大きく息を吸い、肺いっぱいに空気を溜め込んでから、それをゆっくりと吐き出す。そのたった一呼吸の間で、俺の躯はそれまでとはまるで違う形へと変じていた。銀の鱗に覆われた、長く巨大な竜の姿。
 俺はそのまま前肢で空を掻き、灰色に曇った天へと泳ぎだす。
 先ほどの茶店を眼下に見下ろして、俺はひっそりと笑った。この姿を人に見られていることは知っていたが、まさか雨が降ることを俺のせいにされているとは知らなかった。
 ――竜神の涙雨。この雨が俺の涙などでないことは俺自身がよく知っている。俺は泣いたりなどしていないから。だが、その名はもしかしたら真実なのかもしれない。この雨は、長い時の流れに心が麻痺してもう泣けない俺の代わりに、天が泣いてくれているのかもしれない。
 雨は変わらず降り続く。絹糸をたらしたようにしとしと降る柔らかな雨が、俺の鱗を撫でるように優しく濡らしていく。
 感傷的な気持ちでその雨を受けながら、重く垂れ込めた雲の下を俺は泳ぎ続けた。やがて、険しい山々の合間に、唐突に鮮やかな色彩が広がる。それは、花園。山の中腹、ただ人では登ることも降りることもできない急峻な崖に囲まれ、守られるようにひっそりと存在する、美しい花園。
 俺は再び人の姿へと変化して花園の中に降り立った。
 花はちょうど今が盛りとばかりに一面に咲き乱れている。雨に濡れた花に脚を濡らしながら、俺は花園の真ん中に立つ一本の木に歩み寄った。
 愛する人の髪にでも触れるようにそっとその樹皮に触れ、頭上に広がる枝を仰ぐ。しばらくそうした後、俺は幹に身をもたせるようにしてその場に座した。
 目を閉じて、いつものように心の中で呼びかける。もうどんなに呼びかけたところで声の届くことのない君へ。
 ……花夜。君が逝ってから、幾百の春を数えただろう。
 寿命の長さの異なる人間と神とでは添い遂げることなどできぬのが定め。別れが来ることなど始めから分かっていた。それでも俺は君のことを愛した。そして、今でも君のことが忘れられない。毎年、君の逝った季節には、必ずこうしてここを訪れてしまう。
 目を閉じて君を想えば、心はいつでも君と過ごしたあの日々に戻っていく。目蓋の裏の暗闇に、懐かしく愛しい君との思い出が蘇ってくる。
 そして俺はいつものように、眠るように、その追憶の波に身を委ねた……。

 

 全ての始まりは、一羽の白い鳥。木の間から覗く青空に、白い線を引いていくように真っ直ぐに飛ぶ白い鳥だった。それがただの鳥でないことに、俺は一目で気づいた。
(……なぜ、このような所に……?)
 それは、極めて珍しいモノ。当時俺がいたような場所では目にすることなど稀なはずのモノだった。
 鬱蒼と繁る深い森の中、そこだけぽっかりと開けた枯葦の原。そこがその頃の俺の住処だった。普通の鳥や獣でも、滅多に足を踏み入れることのない荒野。
 なぜ自分がそこにいたのか、当時の俺は覚えていない。気がついた時にはもう、そこに居た。一面焼け野原のその場所に立ち、土砂降りの雨に身を晒していた。自分がなぜそこにいるのか、何をしていたのかも分からずに……。
 立雨零る魚眼潟の国。それが当時俺のいた地の名前。この邦の中では東国と呼ばれる地域に属するその国は、かつて他国に攻め滅ぼされて以来誰も住むことなく棄てられた、国とは名ばかりの地。何処へ行くでもなく、何を為すでもなく、俺はそこに何百年も独り、膝を抱えて座していた。
 今思えば、あの鳥を見た瞬間から、俺は感じていたのかもしれない。俺の中の何かが決定的に変わる予感のようなものを。
 ぼんやりと鳥の去っていった空を見つめていた俺の耳に、ちりちりと微かな鈴の音が聞こえてきた。次いで、軽い足音と荒い息遣い。誰かがこちらへ駆けてくる。
 何事かと身構える俺の前に、彼女は現れた。息を乱し、頬を真っ赤に染めて。
「……あのっ、こっちの方に……、鳥、飛んできませんでしたっ?」
 開口一番、少女はそう言った。俺の顔をよく見もしないまま、必死な顔で空を見上げて……。
 そんな少女の姿に、俺はやや目を瞠った。
 棒のようにか細いその脚を包むのは、たくさんの襞のついた緋色(あけいろ)の裳。袖なしの盤領(あげくび)の上衣(うえぎぬ)の上に白い麻の意須比を重ね、肩には木綿襷。縁に五つの鈴をあしらった円い白銅鏡を幅広の腰帯に吊り下げ、首にも手にも足首にも鮮麗な色の玉を連ねた御統が揺れる。
 神事に携わる者特有のその衣裳(きぬも)といい、ただ人には視えぬよう姿を幽した俺に対し普通に声を掛けてきたことといい、彼女が巫女であることは明らかだった。それも衣裳の素朴さから見て、未だ低度な手技しか持たぬ、神棲まぬ国の巫女。
 そのこと自体に驚きは無い。俺の元に巫女が訪れるのはそう珍しいことではなかったからだ。
 俺のような何処の国にも里にも属さぬ神の元には、その神を鎮守神、すなわち自分たちに加護を与える守り神に迎えようと望む巫女や男巫(おのこかんなぎ)がたびたび訪れる。特に俺と彼女が出逢った頃――千年前のあの時代は、とりわけ神の力が求められた時代だった。今でこそ仮初の平安と均衡の保たれているこの邦だが、当時は国と国、人と人とが合い争う修羅の時代。文明の飛躍的な進歩をもたらし国を富ませる神の智、どんな武器や兵にも勝る神の力は国が生き残っていくために必要不可欠と言って良いものだったからだ。
 この邦は『万の想いの形成す邦』。人々の強い想いが神や精霊や奇跡となって形を顕す邦だ。ゆえに、天地には数えきれぬほどの神々が存在する。俺もそんな神のうちの一柱だった。
「うわっ!?あなた、もしかして神さまですか!?」
 何も答えないのを訝しんでか、ぱっと振り向いて俺を見た少女は、目を大きく見開いて叫んだ。
「……そうだ」
 わざわざ偽りを言う必要も感じず、俺は正直にそう答えた。途端、少女は昂奮に頬を染め、意味も無くその場を飛び跳ねた。
「すごい!本当に会えた!鳥さん、ありがとう!」
 少女ははしゃぎ声を上げ、鳥の姿などとうに消え去った空に向かい手を振る。俺はその幼い素振りにやや呆れた気持ちで問いかけた。
「娘。お前、何をしにこんな所へ来た?ここは子どもが来るような所ではないぞ。暗くなる前に帰れ」
 そう。俺と出逢った時の彼女は、数えで十一。まだ生まれて十年にしか満たない、幼くあどけない少女だった。
「えぇっ!?こまりますっ!確かに私はまだ子どもですけど、でもどうしてもあなたに会いたくて、ここまで来たんです!」
 少女は必死の形相で訴える。俺は溜め息混じりに再び問いかけた。
「お前は何者だ。何のために俺に会いに来た?」
 その問いに、少女は姿勢を改めた。その場にひざまずき、それまでとは打って変わった真面目な顔と声で口上を述べる。
「私の名は花夜。『千葉茂る花蘇利の国』の社首にして、国の首長・鹿葦津彦が娘。我が国の鎮守となって頂く神を求めてこの地にやって参りました。どうか、私と共に花蘇利の国においで下さい、神さま」
 それは紛れもなく『勧請』の詞。神を己の住む場所へと誘う請願の詞だった。
 思わず苦い顔になるのが、自分でも分かった。それは彼女が巫女であり俺が神である以上、当然予測のできたことだった。だが、できることならばその詞をこんな幼い少女の口から聞きたくはなかった。
 これまでも、何人もの巫女や男巫が俺の元を訪れた。眩く輝く財物や、贅を凝らした社に衣。味わい尽くせぬほどの山海の珍味に、何十人もの美しい神仕えの女たち――ありとあらゆる見返りを並べて、彼らは俺を国に誘った。
 だが、俺はどんな見返りにも心惹かれることはなかった。彼らの言葉に興味を持つこともできなかった。俺は、ただひたすらに厭いていた。――この世に。身勝手なばかりの人間たちや、争いの止まないこの邦に。この世に生れ落ちたこと自体を嘆いてしまうほどに。
 断っても断っても尚しつこくまとわりついてくる彼らは、俺にとってただ鬱陶しいばかりの存在だった。だから、俺は彼らを追い払うのにわざと乱暴な手段を用いるようになっていった。凶暴な神だとの噂がたち、俺を鎮守神に求めてやって来る者自体を減らせるように……。
 俺に勧請の詞をかけてきた以上、この少女も例外とすることはできない。だが、それでも、こんなにも幼い少女に力を振るうのはさすがに躊躇われた。
「……お前のような子どもが社首だなどと、何かの間違いだろう?国へ帰り、ちゃんとした大人の巫女を連れて来い。お前のような子どもの話など、まともに聞けぬ」
 考えた末、俺はそんな風にわざと彼女を冷たくあしらった。
 幼子が社首に据えられるのは、稀とは言え、ないことではない。そのことはもちろん知っていた。
 社首とはその国の神社を統べる最高位の巫を意味する。その位には通常、首長の姫や御子が就き、他に適当な者がなければどれほど幼い子どもであろうとも社首に据えられる。国の首長の娘――すなわち花蘇利の姫だという彼女が社首の座に就くことに何ら不思議は無いのだ。だが……
(こんな子どもを俺の元へ寄越すなんて、正気じゃない。何を考えているんだ。その、花蘇利とかいう国の人間は……っ)
 俺は彼女をここへ寄越した花蘇利の人間に対し、怒りにも似た感情を覚えていた。
「だめです。確かに私は子どもだけど、それでも花蘇利の社首は私しかいないんです!おねがいですから私の話を聞いて下さい!私といっしょに花蘇利へ来て下さい!」
 少女はそれでも退かなかった。俺は舌打ちして少女を睨みつける。
「娘、お前は分かっているのか?神に向かい言葉を掛けることの意味が」
 人間と神とは対等ではない。少なくとも大多数の神は人間を対等の存在とは見なしていない。もし人間が神の気に障ることでもしようものなら、ほとんどの神はその人間を呪い、祟り、命を奪うことに何ら躊躇いを覚えないだろう。神に対峙するということは、そうして命を危険に晒すことすら厭わない決死の覚悟を要するものなのだ。
 そんな過酷な神迎えの使者として遣わされるには、彼女はあまりに幼過ぎる。
「分かっています。でも、花蘇利にはどうしても神さまの力が必要なんです。……生き残っていくために」
 少女の目は真剣だった。その性根を試すため、わざときつく睨んでも、少しも怯まない。震えるほどに強く握り締めた拳から、痛いほどの覚悟が伝わってくる。
(……こんな幼子を遣わさねばならぬほど、追い詰められているとでもいうのか。その花蘇利という国は)
 幼い身で重い使命を背負わされた少女に、憐れみを覚えたのは確かだった。だが、だからと言ってそう易々と少女の勧請に応じるわけにはいかない。
(人間など、どうせ皆同じ。己の命は惜しむくせに、己の欲望や都合のためなら他の命を平気で奪う。そんなものに縛られて生きるなんて真っ平だ)
「俺はいずれの国の鎮守にもなる気はない。国同士の争い事に巻き込まれるのも、他国を滅ぼすためにこの力を振るうのも御免だからな」
 俺は吐き捨てるように告げた。その声に弾かれたように少女は叫ぶ。
「私は、他を滅ぼすための力が欲しくてここに来たんじゃありません!私の国を――大切な人たちや、大切な場所を守りきるための力が欲しいんです!そのために、あなたの力が欲しいんです!」
 その一瞬、少女の声に、別の誰かの声が重なった。
 ――他を滅ぼすための力ではなく、大切な何かを守りきるための力を、与えて差し上げよう。
 直後、頭痛が走り、俺はこめかみを押さえて眉をしかめた。
(……何だ。今の声は……)
 知らないはずの、だがひどく懐かしい気のする、若者の声。記憶を探っても思い出せず、俺は首を振って無理矢理その声を脳裏から追い払った。
「神さま。花蘇利の鎮守の神さまに、なっていただけませんか」
 少女は俺が答えるのをじっと待っている。俺が承諾の返事を返すまでは何を言っても脅しても、退く気は無いように見えた。俺は再び舌打ちし、低い声で命を発した。
「我が使たちよ……。行け」
 命に応じ、周りの草陰から次々と蛇が這い出してくる。白い鱗に赤い眼を持つ小さな蛇たち。俺に仕える神使の蛇たちだ。
 蛇たちはそのまま少女の周りをぐるりと取り囲み、一斉にゆらりと鎌首を持ち上げた。そのまま、半開きの口から威嚇するようにシャーッと息を吐く。少女の顔が見るからに青ざめた。
「……ひゃっ……へ、蛇っ!?」
「娘よ。それは我が使の蛇たちだ。諦めてこのまま去ると言うなら今すぐに退かせよう。しかし諦めずここに留まると言うならお前に向けてけしかけるが、どうする?」
 それは単なる脅しだった。こんな幼い少女へ向け本気で蛇をけしかけるつもりなど毛頭無い。このまま少女が怯えて逃げ出せばそれで良いと思っていたのだ。
 しかし、少女は動かなかった。逃げるどころか立ち上がることもせず、ただ引きつったような表情のままその場に硬直していた。
(……仕方が無い。もう少し恐がらせてやるしかないか)
 俺は溜め息をひとつついた後、大きく息を吸い込んだ。
 一呼吸に間に俺の身体は変化する。大きく、長く。膚は銀の鱗に覆われ、眼は鬼灯の実のように赤く輝き、額には刃のように鋭く尖った角が生じる。少女は瞳を更に大きく見開き、声を震わせた。
「ヲ……大蛇……」
 そう。あの頃の俺はまだ竜になりきれていない、額に角を持つ中途半端な蛇神だった。
「娘よ、動けぬと言うならそれでも良い。諦めて帰ると一言言え。そうすれば見逃してやる。だが言わぬならこのままお前を丸呑みにするぞ」
 少女は青ざめた顔のまま、ふらふらと立ち上がった。そのまま走って逃げ出すのだろうと思い、俺は安堵にも似た息をこぼした。だが、少女は思いもかけない行動に出た。
 気を取り直すように息をつき、改めてその場に座りなおし、少女は俺を見上げて微笑んだ。何の含みも持たぬ満面の笑み。見ているこちらまで心が蕩かされてしまいそうな、見るからに幸せそうな笑みだった。
 あまりに思いがけないその笑みに、俺は自分の立場も状況も何もかも忘れて呆けた。
 張り詰めていた気が抜け、何が何でも少女を追い返そうと思っていた心が急速に萎えていく。俺は再び変化し、人の姿に戻って溜め息をついた。
「……何なのだ、お前。気でも触れたのか」
「えっと、違います。そうじゃなくて……。母さまに言われたことを思い出したんです。恐がって怯えた顔をしたり、嫌がっているような顔をしていたんじゃ、相手は心を開いてくれないって。心を通じ合わせたいと思うなら、まず自分の方から笑いかけなさいって。一の笑顔は、時に千の言葉より多くを語るものだから、仲良くなりたいという気持ちを笑顔に乗せて、心の底から笑いかけなさいって」
「だからと言ってよく笑えるものだな。先ほどまで青くなって震えていたくせに」
「えへへ。笑うのは得意なんです。どんなに恐くて辛い時だって、幸せなことを思い出せば自然と笑顔になれます。そうしたら、なんだか幸せな気持ちになって、恐いのや辛いのがどこかへ行っちゃうんです」
(何なのだ、この娘。こんな娘には今まで会ったことがない)
 呆れているのか感心しているのかも分からぬままそんなことを思い、俺は改めて少女に向き合った。
「娘。もし俺がお前の国の鎮守となったなら、お前は俺に何を寄越す?」
 どんな財物や美食を見返りに示されても、俺の心が動くことはなかった。だが、この少女なら、もしかして今までとは全く違うものを――俺が心の底から惹かれ、求める何かを示してくれるのではないか。そう思ったのだ。
 少女はその問いに、しばらく考え込むように沈黙した。小さな頭を右へ左へと傾け、幼い声でうーんと唸った後、ぱっと顔を上げる。そして、きらきらした目で告げた。
「えっとね、花かんむり!」
「……何?」
「それとね、夏の小川の、水の影が木の枝に映ってきらきらするところ。里で一番きれいに色づく黄葉の葉っぱ。それから、冬の夜にお社の上から見る星空」
 少女が口にしたものは、今まで俺が考えつきもしなかったもの。今まで示されてきたどんな見返りとも種類の違うものだった。
「私が今まで見とれてきたもの、好きだと思ったもの。それを全部あなたにあげます。きれいなものを見つけたら、必ずあなたに教えます。だから、いろんなものをこれから一緒にたくさん見ていきましょう。一緒に楽しいこと、いっぱいしましょう。私にできる限りの力で、あなたを幸せにします!」
「……財物でも社でも、飲食でもないのだな」
 呆然として思わず呟くと、花夜はきょとんとした顔をした後、困ったように笑った。
「父さまに言えば、そういうものも差し上げられるとは思います。でもそれは『花蘇利の国から』あなたへの捧げ物であって、『私が』あなたに捧げるものとは違う気がしますもん。私が自分の力だけであなたに捧げられるものなんて、さっき言ったものくらいしか無いと思いますし……」
 それは単純で他愛もない、人によっては一笑に付すに違いない、幼い捧げ物。しかしそれは国の姫としてでなく、最高位の巫女としてでなく、力無き一人の人間として、それでも俺のために精一杯捧げられる、心からの贈り物。
 俺は思わず笑い出していた。やはり、この少女は他のどんな人間とも違う。
「面白い。面白いな、娘。良いだろう。『お前の』神となってやる。今からお前は『俺の』巫女だ」
 それは、ほんの気まぐれのようなものだった。花夜の示した見返りを、本気で欲しいと思ったわけではない。ただ、この娘と行けば何か面白いものが見られるかもしれない――そんな予感を感じてのことだった。
 笑ったまま俺は手を差し出す。花夜はその手に、微笑みながら小さな指を絡めてきた。
「はい!よろしくおねがいします。神さま」
 こうして俺は、俺の生涯ただ一人の巫女となる少女と契りを交わした。ここから始まる日々が、俺にとってどんな意味を持つことになるのかも知らず、どんな幸福と苦しみを味わうことになるのかも知らずに……。
 

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画家の恋人
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JUGEMテーマ:恋愛小説

 

 『今回は惜しかったね。次はきっと賞、獲れるよ。がんばって』……なんて、気軽に言える雰囲気じゃないね。

 
あんたがどれだけ真剣にこの作品に取り組んで、この賞に賭けてきたか、ずっと見てきたから、私も悔しいよ。

 
芸術なんてものは、いつの時代も評価する人の感性次第で、私みたいな素人がどれだけあんたの作品をすごいと思っていても、選者の目には留まらなかったりする。

 
難しい芸術論なんて私にはサッパリだけど、あんたのこの絵が、大賞に選ばれたあの作品より劣っているなんて、私にはどうしても思えないんだ。

 
……たぶん、恋人の欲目なんて入ってないよ。

 
そもそも好きな絵のタッチも画題も、観る人それぞれ違うだろうに、優劣なんて存在するんだろうか。

 
もしそれがあるとしても、そんな優劣を自分の個人的な好みに左右されずに見極められる目を、あんたの作品を選ばなかったあの人たちは、ちゃんと持っていたんだろうか?

 
ゴッホみたいに生前はてんで評価されなかった人もいるし、江戸時代の浮世絵だって、芸術として認められたのは後世、海外に渡ってからだったよね。

同時代の人の“物を見る目”なんて、だいたい皆そんなもんだと私は思うんだよ。

 
作者の肩書だとか、お偉いさんのお墨付きだとか、どれだけ有名な賞を獲ったかだとかで評価や見る目をコロコロ変えて、自分の目で、自分の心でちゃんと作品と向き合ってる人なんて、きっとそんなに多くないような気がするんだ。

 
だけど、そんな周りに流されただけの、うわべだけの評価なんて、そのうちにだんだん剥がれ落ちて、忘れ去られて、結局最後は単純な個人個人の好き嫌いの感情が、作品を淘汰していく。

 
どんなにすごい賞を獲っても忘れられていく作品がある一方で、発表された当時は美術的評価なんてちっともされていなかったモノたちが、今なお愛され続けているように……。

本当に本当の名作ってやつは、一時の流行や画壇の評価なんかに左右されず、多くの名も無き人々に愛されて、百年後も、千年後も残り続ける――そんな作品だと、私は思うよ。

 
まぁそれだと結局、作者が生きてる間に真の評価を知ることはできないって、そういう結論になっちゃうわけだけど。

 
あんた、前に言ってたよね?
『“努力は必ず報われる”っていうのは間違いで、それは単に成功者が、報われるまで努力を止めなかったというだけの話だ』って。 

 
あんたは、まだ努力を止める気は無いんだろう?
私も、止めて欲しくはないよ。

あんたは、こんな時点(ところ)で終わるべき人じゃない。
あんたのその努力と執念は、いつか報われて花開くべきだ。

 
他の誰が認めなくても、私だけはそう信じてるよ。

 
無理に背中を押す気は無いけど、放っておいたって、あんたはまた立ち上がるだろう?

 
……そういう人だから、ずっとその背中を見ていたいって、思っちゃうんだよ。

 

いつ報われるかも分からない、茨の道とも荒野の道ともつかないこの道を、あんたはどこまで行くんだろうね?

 
私は、ドキュメンタリーとかによく出てくる、献身的に偉人を支えた良妻賢母みたいに、あんたを助けてあげられる自信は無いよ。

 
元々ズボラだし、家事も上手とは言えないし、あんたのために自分の人生を投げ捨てられるかって訊かれると『うう〜ん』って悩んじゃうと思うし。

 
だけどね、それでもあんたの一番の理解者で、一番のファンでありたいって気持ちは、ウソじゃない。
あんたの夢が叶う、そのことが、私の夢でもあるんだよ。

 
私は信じてるんだ。
いつかあんたの作品が評価されるようになって、個展とかも開かれるようになって、たくさんの人が、あんたの絵を観に押しかける――そこで私は言ってやるんだ。

 
『この人、今でこそこんなに評価されてますけど、昔はコンクールで落選続きだったんですよ。それが後にこんな風になるなんて……。過去に審査された方々には、この才能を見抜く目が無かったんですかね」って……。

 
いつか絶対そんな日が来るって、私は信じてるんだよ。
だから……いつか来る、その時まで、ちゃんとずっと、そばにいさせてよね。

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光の宝玉に選ばれ、やがて大陸を救う“光の女王”となる少女の話(途中まで)
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JUGEMテーマ:オリジナル創作

 

 

 彼女は既に虫の息だった。
 白かったドレスは赤い花を散らしたようにところどころ血に染まり、顔からはすっかり血の気が失せている。
 もう助からないということを彼女自身も悟っていた。だが、それでも最後の力を振りしぼり、必死に地を這っていく。その目の前には、小さな川が流れていた。
 何とか川辺にたどり着いた彼女は、震える手で懐から何かを取り出した。それは、手のひら大の透明な珠。日の光を浴びて虹色に輝くそれに一瞬目を留め、彼女は小さく呟いた。
「どうか……新しき主の元へ……」
 傾けられた手のひらから珠がこぼれ落ちる。それは、とぽん、と音を立て川の水に沈んでいった。彼女はそれを見届けると、静かに目を閉じる。それが、彼女の最後の動作だった。
 彼女の手から離れた珠は、川底にたどり着くと淡く光を放った。その表面が一瞬、金色の光により描かれた文字とも文様ともつかぬもので埋め尽くされる。やがて、珠はゆっくりと川底を転がりだした。水の流れに逆らい、下流から上流へと……。まるで彼女の最後の願い通り、主を探してさまようように……。

 

 

「……光の宝玉姫が身罷られました」
 亜麻色の髪に顔のほとんどを隠した少女が感情の籠もらぬ声で告げる。同時にじゃり、と重い鎖の音が鳴った。
「ほう?死んだか。で、光玉はどうなった?」
 男は手の中で鎖を弄びながら問う。
「分かりません。……主を持たぬ宝玉の行方は私にも視ることができないのです」
 少女が言った途端、男は無言で鎖を引いた。少女が悲鳴を上げて床に転げる。その足首には長い鎖をつないだ足枷がはめられていた。
「……本当だろうな?」
「本当……です。嘘など申しません」
「まあ良い。信じてやろう。……今のところは、な」
 どこか含みのある声音で言い、男は薄く笑う。少女はうつむき、手に持った珠をぎゅっと握りしめた。
(お願い。だれか、守って。この世界を……)
 その声にならぬ願いに応えるように、少女の手にした珠に、一瞬針の先のように小さな金色の光が瞬いた。

 

 

「エルダー!そっちへ行ったわ!捕まえて!」
 少女が大声で叫ぶ。直後、激しい水音と少年の歓声が響いた。
「やった!捕まえた!アンゼリカ!早く桶を!」
 声を受け、川原に待機していた別の少女が木桶を手に少年に駆け寄る。
 少年は両腕に抱えていたものを急いで桶の中に放した。すぐに元気良く桶の水の中で泳ぎだしたそれは、一匹の鮎。一人が魚を追い込み、もう一人が手づかみでそれを捕らえる。少女たちは先ほどからそうやって必死に魚を捕まえていた。
 とは言えそれは彼女たち自身の食糧とするためではない。川に棲む魚も、森に棲む鳥や獣も、全てその地を納める領主のもの。領民が勝手に捕らえて食らうことは許されない。それがこの時代の常識だった。少女たちが捕らえているのも全て領主に捧げるための魚。
 そうやって魚を捕らえる代わりに村長からわずかの食糧を分けてもらうのが、彼女達にとって自らの食い扶持を稼ぐ数少ない手段の一つだった。
「もう一匹いた!構えて!エルダー!」
 少女はすぐにまた別の魚を見つけ、浅い川の中を裸足で駆けだす。灰茶色のおさげ髪が肩の上で跳ねた。彼女の名はマリア、十四歳。三人姉弟の長女であり、家族を支える大黒柱でもある。弟のエルダーは十一歳、妹アンゼリカはまだ七歳。両親はすでに亡く、頼れる親類縁者も知らない三人きりの家族だ。
 再び川原に戻り姉たちの様子を見守っていたアンゼリカは、ふと足元に目を留めた。そこには川辺の石と石の間に引っかかるようにして透明な珠が転がっていた。
 日の光を受け虹色の光沢を放つその珠を、アンゼリカは何の気なしに拾い上げる。その瞬間、珠の表面に金色の光で文字のようなものが浮かんだ。
「きれーい……」
「アンゼリカ!何やってるんだ!早く桶!」
 エルダーの叫びにアンゼリカはハッと我に返り、とっさに珠をエプロンのポケットにしまった。
「ごめんなさい!エルダー兄さま」
 再び桶を手に走り出す彼女のポケットの中で、珠に浮かんでいた光の文字は静かに消えていった。

 

 

 たっぷりの水と今日獲れた鮎の入った三つの木桶をひとつずつ手に持ち、姉弟は村の道を歩いていく。季節はもうそろそろ夏も終わり秋に入ろうかという頃。村人たちは夏畑に実ったエンドウ豆やカラス麦の収穫とこれから種を蒔く冬畑の準備で忙しそうに動き回っていた。
「あら、そばかす娘じゃない。またフィドルの所に媚びを売りに行くの?」
 雑草だらけの休耕地を鋤き返し冬畑の準備をしていた少女が手を止め、マリアの方へ歩み寄ってくる。マリアは顔色も変えずに言い返した。
「残念。不正解よ。私の媚びは誰かに売れるほど安くないの。あんたと違ってね」
「何ですって?」
「媚びを売りたいのはあんたの方でしょう?こんな所で無駄口叩いてる暇があるなら、さっさと仕事を終わらせてフィドルの家へ行ったらいいじゃない」
 少女はぐっと言葉に詰まる。フィドルはこの村の村長の一人息子だ。特別整った容姿ではないが、優しげな顔立ちと温厚な性格を持ち、村の少女たちには極めて人気が高かった。だが村長の家はただの村娘にとっては少々ハードルが高い。マリアたちのように特別の用でもない限りそうそう近づける場所ではなかった。
「言っておくけど、あんたの顔じゃいくらフィドルに近づいたってムダなんだからね。そこの所、よくわきまえておきなさいよ!」
 少女は悔しまぎれにそう言い捨てると、畑の中へと駆け戻っていった。少女の背中を見送り、マリアは小さくつぶやく。
「分かってるわよ。元からそんなつもりないし」
 マリアは自分の容姿を十分自覚していた。
 ただでさえ十人並みな容姿だというのにろくなものを食べないせいで手足は棒切れのように細く、身体には女らしい丸みもない。肌は白いがそのせいで日に焼けると顔中にそばかすが浮く。髪は灰色がかった茶色でツヤも無く、おまけにひどいくせっ毛で、上手くまとめ髪にすることもできずに、いつも何だかボサッとしている。
「……わたし、あの人きらい。いつも姉さまのこと悪く言うんですもの」
 アンゼリカの言葉にマリアは苦笑した。
「仕方ないわよ。私たちはしょせん『よそ者』だもの。おまけにしょっちゅう村長の家に入り浸ってるし。玉の輿を狙ってる娘たちからしたら面白くないんでしょう」
 マリア達姉弟はこの村の出身ではない。幼い頃、母親とともに戦火を逃れてあちこちをさまよい歩いた末、この村にたどり着いたのだ。村へ来る前の記憶はあまりにもおぼろげで、マリア達からしてみれば夢のようにしか思えない。だが『この村の生まれではない』という事実はマリア達姉弟の上に重くのしかかっていた。現に今、マリア達は自分の農地も家も持たず、村長の厚意にすがって何とか暮らしを立てている状態だった。
「やあ、マリア。そろそろ来る頃だと思っていたよ」
 村長の息子フィドルはマリア達の訪問を知ると目を輝かせて出迎えた。
「フィドルお兄ちゃん、こんにちは!」
 マリアより先にアンゼリカが満面の笑みで挨拶する。フィドルは実の妹を見るように目を細めて微笑みかけた。
「こんにちは、アンゼリカ。今日も美人さんだね」
 その言葉にアンゼリカは頬を染めてはにかむ。
「はい、お約束の鮎七匹よ。これだけ獲るの苦労したんだから、少しくらいおまけ付けてよね」
「君は相変わらず愛想のカケラもないね。もう少しアンゼリカを見習って笑顔にしてればいいのに」
「愛想が無くて悪かったわね。でもアンゼリカと違って不器量な私が笑ったところで、誰も喜ばないでしょ」
「そんな風に自分を貶めるもんじゃないよ。確かにアンゼリカやエルダーとはタイプの違う顔立ちだけど、君の瞳には他の人間にはない強い輝きがある。それは君だけの、君にしか無い魅力だ」
 真剣に諭されて、マリアは毒気を抜かれた気分になる。フィドルのこういう冗談もロクに通じなさそうな生真面目さが、苦手でもあり、でも、時々ありがたくもある。
「……ありがと。そういうこと言ってくれんの、あんただけだわ。お世辞でも嬉しい」
「…………お世辞なんかじゃ、ないんだけどね……」

 

 

「フィドルお兄ちゃんって、マリア姉さまのことが好きなのかなぁ?」
 洗濯物を畳みながらアンゼリカがつぶやく。マリアは針を手に繕い物をしながら、けらけらと笑った。
「何言ってんのアンゼリカ。そんなわけないでしょう。フィドルだったら村の女の子よりどりみどりなのに、わざわざ私みたいな十人並み以下の女を相手にしたりしないわよ」
「でもフィドルお兄ちゃん、姉さまの前でだけ態度がちがうのに……」
「……肝心の姉さんがこれじゃ、フィドル兄ちゃんも報われないなぁ。……アンゼリカ、大丈夫だよ。姉さんの方には全くその気がないから。アンゼリカが大人になる頃にはフィドル兄ちゃんも諦めてるって。チャンスは絶対来るさ」
「って、まさかアンゼリカ、あなた、フィドルのことが好きなの……」
 驚いて顔を上げた瞬間、マリアは思わず持っていた針で自分の指を思いきり突き刺してしまった。
「痛ッ!」
「大丈夫?姉さん。何やってるんだよ」
 指先に見る間に赤い血の玉が盛り上がる。だがマリアはそれには構わず必死な表情でアンゼリカにつめ寄った。
「ダメよ、アンゼリカ!あなたは私と違って容姿に恵まれてるんだから、こんな田舎の村長の息子の嫁なんかで終わっちゃダメ!あなたの顔だったら領主様に見初められて奥方に迎えられることだって夢じゃないんだから!」
「でも、わたし結婚するならフィドルお兄ちゃんのお嫁さんがいい」
「お願いよ、アンゼリカ。あなたが絶世の美女に育って、玉の輿に乗って、おとぎ話のお姫さまみたいに幸せになるのを見るのが私の夢で生きがいなんだから!」
「自分に叶えられない夢を妹に押しつけるのはやめた方がいいよ、姉さん。それに領主の奥方なんかそんないいもんじゃないよ。血なまぐさい槍試合を観戦しなきゃいけなかったり、狩に同行しなきゃいけなかったり、いざという時には領地を守るために兵を指揮して戦わなきゃならないんだよ?アンゼリカには絶対無理だって」
「他人事みたいに言ってるけどね、あなたにも私は期待してるのよ、エルダー。あなたの顔ならそのうちきっと、貴族の姫君だって落とせるわ。身分的に結婚は無理でしょうけど、取り入って上手いこと良い職や地位を手に入れられれば……」
「姉さん、黒い……。腹黒いよ……。僕、そんな下心と謀略にまみれた人生送りたくないよ……」
 アンゼリカは上の姉弟ふたりの会話がさっぱり理解できないらしく、きょとんとした顔で見つめていた。が、ふと思い出したようにエプロンのポケットから例の珠を取り出した。
「そうだ、マリア姉さま。今日、川ですごくきれいなものを拾ったの」
「え!?何、ソレ、綺麗。何だかとても高価そうね……」
 マリアが目をきらきら――否、ぎらぎらさせて珠を受け取る。その時、指先から流れる血の一滴が珠に触れた。瞬間、珠の表面がまぶしいほどの光の文字で埋め尽くされた。
「な、何!?」
 それはこの大陸のいかなる国の文字とも異なるものだった。
<血液の接触を確認。血液認証を開始します>
<登録済みの血統情報と照合中>
<……一致しました。よってマリア――を当端末の新しい管理者として登録致します>
 表示されたその情報を、三人が理解することはなかった。
「うわぁー……きれーい」
「ちょっ、姉さん!アンゼリカ!それ、何かヤバそうじゃない!?離れた方がいいよ!」
 エルダーが叫ぶ。だがマリアの目は珠に釘付けになってしまっていた。
『――光の……に、なって』
 頭の中に、声が聞こえる。今にも絶えそうにか細い、女の声だ。
『私の代わりに、この国を救って。新しい、光の……』
 一瞬、脳内に川辺に倒れ伏す白いドレスの女の姿が浮かぶ。
「……何?今の……」

 

 

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タイトル
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腹黒策士を気取る天然少女と、振り回されっぱなしの幼馴染少年
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JUGEMテーマ:ショート・ショート

 

 思えば、可愛げのない小学生だったと思う。

 

「やっぱ、なるなら腹黒策士よね!」
「私はリーダーよりも、それを陰で操る参謀役がやりたいの!」

 

 齢10歳未満にしてそんなこと言う女子、今の私なら完全にドン引きしてる。
 でも、そんな私の、他人とはちょっと違う感覚を、いつもニコニコ受け入れてくれて懲りずに(恋愛的な意味ではなくて→)つき合ってくれたのが、流星だった。

 

 幼い頃はただ都合の良い子分のように思ってきたけど……ある日、気づいてしまった。

 彼に対するこの想いが、私の初恋なのだと。

 

 気づいてしまった以上はしかたない。
 “腹黒策士”の名にかけて、流星を絡め取るため、自分史上最高の策略をめぐらせる。

 
 失敗は許されない。手に入れるか、失うか、ふたつにひとつだ。

 それでも、どうしても欲しいんだ。今のままの関係じゃ――幼馴染なんかじゃ、足りない。

 
 他の友達と同列に扱うんじゃなく、もっと、心のすべてを私に向けてくれないと。

 

 ――でも、具体的に、何をどうしたらいいんだろう。

 
 まずは私を恋愛対象として見てもらうことが前提。
 できれば異性としての魅力を感じてもらえれば――つまり“萌え”てもらえれば上々。
 だけど、今まで散々腹黒策士を気取ってきたこの私が、いきなり萌えキャラのような言動をとっても、流星を不審がらせるだけだろう。

 

 ごくごく自然な態度で、それでいてさりげなく流星が萌えるような言動をとる――はっきり言って相当な修行が必要だ。
 そもそも、流星の萌えツボが分からない。
 ……ここはとりあえず、「ギャップ萌え」だとか「萌え袖」だとか、世間一般的な「萌え」を少しずつ、不自然でない程度に盛ってみるか。

 


 

 最近、幼馴染の天真の様子がおかしい。

 

 ひとり何かを企んでニヤニヤしているのはいつも通りなのだが……、何だか最近妙に女の子っぽくなったと言うか……。
(まぁ、そもそも元々女子なんだが……。あいつ、女子とか男子とかいう垣根を超越して“神楽坂 天真”以外の何者でもないしなぁ……)

 

 その上、何と言うか……俺に対しての態度がナゾ過ぎるのだ。

 

 お化け屋敷に自分から誘ってきたかと思えば、超棒読みセリフで『きゃーこわーい。私じつはこういうのにがてなのよねー』などと『なら何で自分からそこに誘ってるんだよ!?』と言いたくなるような態度をとってきたり……

 
 サイズが合わないのか、腕部分がダボっと長くなった服の袖を、俺の前でやけにバタバタ振ってみせたり……

 

 あいつが俺のことを好きで、俺に好意を持たれたくてあんなことをしている……なんてわけ、ないよなぁ……。

 
 これまでも、あいつの脈ありげな態度にいちいち期待してきたが、いつも、ただの天然だったり何かの罠だったもんなぁ……。

 

 昔からあいつの、頭がいいくせに肝心なところで天然な性格や、悪だくみに振り回されっぱなしで、なのに懲りずに(恋愛的な意味ではなくて→)つき合ってきたのは、いわゆる『惚れた弱み』というヤツなのだが……あいつはおそらく俺の気持ちになど、未だにこれっぽっちも気づいていない。

 
 こっちは結構分かりやすく態度に出しているつもりなんだが……あいつ、頭いいくせにヘンに鈍いからな。

 

 幼馴染とは言え、こんなにも長い間、俺とのつき合いをいつでも優先してくれているのだから、全くの“脈無し”ではないはずだ。
 ここらでいっそ、告白でもしてみるべきなのだろうか……。
(……でも天真のことだからな……「うん。私もあんた好きー」とか、テンプレな“ラブとライク勘違い”の挙句、軽く流されそうで恐い……。)

 

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