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言ノ葉スクラップ・ブッキング〜シーン&シチュ妄想してみた。〜

管理人が妄想したシーンやシチュエーションをショート・ストーリー(?)にしたもの。
ジャンルはファンタジー・恋愛などなど。

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和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」初期設定版・冒頭部分
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JUGEMテーマ:ファンタジー

 

※これはオリジナル小説サイト「言ノ葉ノ森」に掲載している和風ファンタジー小説「花咲く夜に君の名を呼ぶ」決定稿前初期設定バージョンの試し書き(冒頭部分のみ)です。

 

決定稿とはヒロインの性格設定がかなり異なります

(裏話で書いたことのある「花夜(ヒロイン)の性格がラウラ(別作品のヒロイン)だったバージョン」です。)

決定稿を既に読んでいて「イメージを壊されたくない!」という方は読まない方が良いかも知れません…。

 

その辺りをよくご注意・ご検討の上、お読みください。

    ↓


 

「せっかくの月待の日にあいにくの天気ですねぇ」
 まだ年若き茶店の主人は、外の雨を眺めながら苦笑混じりに話しかけてきた。差し出された茶を受け取りながら、俺はぼんやり頷く。
「……ああ。今夜は二十三夜なのか」
 夜半に出る二十三夜の月を待ち、神に供物を捧げて夜通しの宴を行えば、願いが叶う。いつの頃からかは知らないがそんな信仰が流行っているのは知っていた。
「あれ?兄さんは月待の願掛けにいらしたわけではないのですか?今日はそういうお客さんが多いもんで、てっきり兄さんもそうだと思っていたのですが」
「いや……」
「この天気ではどうなるか分かりませんが、もし晴れて月が出るようなら兄さんも願を掛けてみるとよろしいですよ。月待と言っても普通はそうそうご利益があるもんではありませんけどね、この辺りではよく願いが叶うと評判なんですよ。特にこんな時季。竜神様のお出ましになるような季節には……」
「竜神?」
 さすがに聞き咎めて、俺はその語を繰り返した。
「はい。この辺りの山では、こんな花の咲く時季、よく空を飛ぶ竜神様のお姿が見られるそうですよ。今降っているこの雨も、ここらの人間には『竜神様の涙雨』と呼ばれています。この時季に雨が降るのは、竜神様がお泣きになってらっしゃるからだと」
 笑みに苦いものが混じるのが自分でも分かった。竜神の涙雨とは、随分と皮肉な名だ。
 無言で茶を飲み終え、勘定を済ませ、俺は席を立った。外はまだ雨だが、俺には関係無い。そのまま店を出ようとし……、俺はふと思いついて店主に声を掛けた。
「そうだ。お前、花は好きか?」
「花?はい。好きですけど……」
「ならば、これをやろう」
 言って、腰に下げた小袋から取り出したものを店主の手の上に置く。店主は目をぱちくりさせた。
「花の種……ですか。いったい何の花の種なんです?」
「幸を呼ぶ花の種だ。強く願って育てれば、『自分以外の誰か』に幸を与えてくれる」
「え……?」
 店主の疑問の声には答えず、俺は今度こそ店を後にした。
 しばらく峠の道を行き、人気が無くなったのを見計らって俺は足を止める。
 肩の力を抜き、大きく息を吸い、肺いっぱいに空気を溜め込んでから、それをゆっくりと吐き出す。そのたった一呼吸の間で、俺の躯はそれまでとはまるで違う形へと変じていた。銀の鱗に覆われた、長く巨大な竜の姿。
 俺はそのまま前肢で空を掻き、灰色に曇った天へと泳ぎだす。
 先ほどの茶店を眼下に見下ろして、俺はひっそりと笑った。この姿を人に見られていることは知っていたが、まさか雨が降ることを俺のせいにされているとは知らなかった。
 ――竜神の涙雨。この雨が俺の涙などでないことは俺自身がよく知っている。俺は泣いたりなどしていないから。だが、その名はもしかしたら真実なのかもしれない。この雨は、長い時の流れに心が麻痺してもう泣けない俺の代わりに、天が泣いてくれているのかもしれない。
 雨は変わらず降り続く。絹糸をたらしたようにしとしと降る柔らかな雨が、俺の鱗を撫でるように優しく濡らしていく。
 感傷的な気持ちでその雨を受けながら、重く垂れ込めた雲の下を俺は泳ぎ続けた。やがて、険しい山々の合間に、唐突に鮮やかな色彩が広がる。それは、花園。山の中腹、ただ人では登ることも降りることもできない急峻な崖に囲まれ、守られるようにひっそりと存在する、美しい花園。
 俺は再び人の姿へと変化して花園の中に降り立った。
 花はちょうど今が盛りとばかりに一面に咲き乱れている。雨に濡れた花に脚を濡らしながら、俺は花園の真ん中に立つ一本の木に歩み寄った。
 愛する人の髪にでも触れるようにそっとその樹皮に触れ、頭上に広がる枝を仰ぐ。しばらくそうした後、俺は幹に身をもたせるようにしてその場に座した。
 目を閉じて、いつものように心の中で呼びかける。もうどんなに呼びかけたところで声の届くことのない君へ。
 ……花夜。君が逝ってから、幾百の春を数えただろう。
 寿命の長さの異なる人間と神とでは添い遂げることなどできぬのが定め。別れが来ることなど始めから分かっていた。それでも俺は君のことを愛した。そして、今でも君のことが忘れられない。毎年、君の逝った季節には、必ずこうしてここを訪れてしまう。
 目を閉じて君を想えば、心はいつでも君と過ごしたあの日々に戻っていく。目蓋の裏の暗闇に、懐かしく愛しい君との思い出が蘇ってくる。
 そして俺はいつものように、眠るように、その追憶の波に身を委ねた……。

 

 全ての始まりは、一羽の白い鳥。木の間から覗く青空に、白い線を引いていくように真っ直ぐに飛ぶ白い鳥だった。それがただの鳥でないことに、俺は一目で気づいた。
(……なぜ、このような所に……?)
 それは、極めて珍しいモノ。当時俺がいたような場所では目にすることなど稀なはずのモノだった。
 鬱蒼と繁る深い森の中、そこだけぽっかりと開けた枯葦の原。そこがその頃の俺の住処だった。普通の鳥や獣でも、滅多に足を踏み入れることのない荒野。
 なぜ自分がそこにいたのか、当時の俺は覚えていない。気がついた時にはもう、そこに居た。一面焼け野原のその場所に立ち、土砂降りの雨に身を晒していた。自分がなぜそこにいるのか、何をしていたのかも分からずに……。
 立雨零る魚眼潟の国。それが当時俺のいた地の名前。この邦の中では東国と呼ばれる地域に属するその国は、かつて他国に攻め滅ぼされて以来誰も住むことなく棄てられた、国とは名ばかりの地。何処へ行くでもなく、何を為すでもなく、俺はそこに何百年も独り、膝を抱えて座していた。
 今思えば、あの鳥を見た瞬間から、俺は感じていたのかもしれない。俺の中の何かが決定的に変わる予感のようなものを。
 ぼんやりと鳥の去っていった空を見つめていた俺の耳に、ちりちりと微かな鈴の音が聞こえてきた。次いで、軽い足音と荒い息遣い。誰かがこちらへ駆けてくる。
 何事かと身構える俺の前に、彼女は現れた。息を乱し、頬を真っ赤に染めて。
「……あのっ、こっちの方に……、鳥、飛んできませんでしたっ?」
 開口一番、少女はそう言った。俺の顔をよく見もしないまま、必死な顔で空を見上げて……。
 そんな少女の姿に、俺はやや目を瞠った。
 棒のようにか細いその脚を包むのは、たくさんの襞のついた緋色(あけいろ)の裳。袖なしの盤領(あげくび)の上衣(うえぎぬ)の上に白い麻の意須比を重ね、肩には木綿襷。縁に五つの鈴をあしらった円い白銅鏡を幅広の腰帯に吊り下げ、首にも手にも足首にも鮮麗な色の玉を連ねた御統が揺れる。
 神事に携わる者特有のその衣裳(きぬも)といい、ただ人には視えぬよう姿を幽した俺に対し普通に声を掛けてきたことといい、彼女が巫女であることは明らかだった。それも衣裳の素朴さから見て、未だ低度な手技しか持たぬ、神棲まぬ国の巫女。
 そのこと自体に驚きは無い。俺の元に巫女が訪れるのはそう珍しいことではなかったからだ。
 俺のような何処の国にも里にも属さぬ神の元には、その神を鎮守神、すなわち自分たちに加護を与える守り神に迎えようと望む巫女や男巫(おのこかんなぎ)がたびたび訪れる。特に俺と彼女が出逢った頃――千年前のあの時代は、とりわけ神の力が求められた時代だった。今でこそ仮初の平安と均衡の保たれているこの邦だが、当時は国と国、人と人とが合い争う修羅の時代。文明の飛躍的な進歩をもたらし国を富ませる神の智、どんな武器や兵にも勝る神の力は国が生き残っていくために必要不可欠と言って良いものだったからだ。
 この邦は『万の想いの形成す邦』。人々の強い想いが神や精霊や奇跡となって形を顕す邦だ。ゆえに、天地には数えきれぬほどの神々が存在する。俺もそんな神のうちの一柱だった。
「うわっ!?あなた、もしかして神さまですか!?」
 何も答えないのを訝しんでか、ぱっと振り向いて俺を見た少女は、目を大きく見開いて叫んだ。
「……そうだ」
 わざわざ偽りを言う必要も感じず、俺は正直にそう答えた。途端、少女は昂奮に頬を染め、意味も無くその場を飛び跳ねた。
「すごい!本当に会えた!鳥さん、ありがとう!」
 少女ははしゃぎ声を上げ、鳥の姿などとうに消え去った空に向かい手を振る。俺はその幼い素振りにやや呆れた気持ちで問いかけた。
「娘。お前、何をしにこんな所へ来た?ここは子どもが来るような所ではないぞ。暗くなる前に帰れ」
 そう。俺と出逢った時の彼女は、数えで十一。まだ生まれて十年にしか満たない、幼くあどけない少女だった。
「えぇっ!?こまりますっ!確かに私はまだ子どもですけど、でもどうしてもあなたに会いたくて、ここまで来たんです!」
 少女は必死の形相で訴える。俺は溜め息混じりに再び問いかけた。
「お前は何者だ。何のために俺に会いに来た?」
 その問いに、少女は姿勢を改めた。その場にひざまずき、それまでとは打って変わった真面目な顔と声で口上を述べる。
「私の名は花夜。『千葉茂る花蘇利の国』の社首にして、国の首長・鹿葦津彦が娘。我が国の鎮守となって頂く神を求めてこの地にやって参りました。どうか、私と共に花蘇利の国においで下さい、神さま」
 それは紛れもなく『勧請』の詞。神を己の住む場所へと誘う請願の詞だった。
 思わず苦い顔になるのが、自分でも分かった。それは彼女が巫女であり俺が神である以上、当然予測のできたことだった。だが、できることならばその詞をこんな幼い少女の口から聞きたくはなかった。
 これまでも、何人もの巫女や男巫が俺の元を訪れた。眩く輝く財物や、贅を凝らした社に衣。味わい尽くせぬほどの山海の珍味に、何十人もの美しい神仕えの女たち――ありとあらゆる見返りを並べて、彼らは俺を国に誘った。
 だが、俺はどんな見返りにも心惹かれることはなかった。彼らの言葉に興味を持つこともできなかった。俺は、ただひたすらに厭いていた。――この世に。身勝手なばかりの人間たちや、争いの止まないこの邦に。この世に生れ落ちたこと自体を嘆いてしまうほどに。
 断っても断っても尚しつこくまとわりついてくる彼らは、俺にとってただ鬱陶しいばかりの存在だった。だから、俺は彼らを追い払うのにわざと乱暴な手段を用いるようになっていった。凶暴な神だとの噂がたち、俺を鎮守神に求めてやって来る者自体を減らせるように……。
 俺に勧請の詞をかけてきた以上、この少女も例外とすることはできない。だが、それでも、こんなにも幼い少女に力を振るうのはさすがに躊躇われた。
「……お前のような子どもが社首だなどと、何かの間違いだろう?国へ帰り、ちゃんとした大人の巫女を連れて来い。お前のような子どもの話など、まともに聞けぬ」
 考えた末、俺はそんな風にわざと彼女を冷たくあしらった。
 幼子が社首に据えられるのは、稀とは言え、ないことではない。そのことはもちろん知っていた。
 社首とはその国の神社を統べる最高位の巫を意味する。その位には通常、首長の姫や御子が就き、他に適当な者がなければどれほど幼い子どもであろうとも社首に据えられる。国の首長の娘――すなわち花蘇利の姫だという彼女が社首の座に就くことに何ら不思議は無いのだ。だが……
(こんな子どもを俺の元へ寄越すなんて、正気じゃない。何を考えているんだ。その、花蘇利とかいう国の人間は……っ)
 俺は彼女をここへ寄越した花蘇利の人間に対し、怒りにも似た感情を覚えていた。
「だめです。確かに私は子どもだけど、それでも花蘇利の社首は私しかいないんです!おねがいですから私の話を聞いて下さい!私といっしょに花蘇利へ来て下さい!」
 少女はそれでも退かなかった。俺は舌打ちして少女を睨みつける。
「娘、お前は分かっているのか?神に向かい言葉を掛けることの意味が」
 人間と神とは対等ではない。少なくとも大多数の神は人間を対等の存在とは見なしていない。もし人間が神の気に障ることでもしようものなら、ほとんどの神はその人間を呪い、祟り、命を奪うことに何ら躊躇いを覚えないだろう。神に対峙するということは、そうして命を危険に晒すことすら厭わない決死の覚悟を要するものなのだ。
 そんな過酷な神迎えの使者として遣わされるには、彼女はあまりに幼過ぎる。
「分かっています。でも、花蘇利にはどうしても神さまの力が必要なんです。……生き残っていくために」
 少女の目は真剣だった。その性根を試すため、わざときつく睨んでも、少しも怯まない。震えるほどに強く握り締めた拳から、痛いほどの覚悟が伝わってくる。
(……こんな幼子を遣わさねばならぬほど、追い詰められているとでもいうのか。その花蘇利という国は)
 幼い身で重い使命を背負わされた少女に、憐れみを覚えたのは確かだった。だが、だからと言ってそう易々と少女の勧請に応じるわけにはいかない。
(人間など、どうせ皆同じ。己の命は惜しむくせに、己の欲望や都合のためなら他の命を平気で奪う。そんなものに縛られて生きるなんて真っ平だ)
「俺はいずれの国の鎮守にもなる気はない。国同士の争い事に巻き込まれるのも、他国を滅ぼすためにこの力を振るうのも御免だからな」
 俺は吐き捨てるように告げた。その声に弾かれたように少女は叫ぶ。
「私は、他を滅ぼすための力が欲しくてここに来たんじゃありません!私の国を――大切な人たちや、大切な場所を守りきるための力が欲しいんです!そのために、あなたの力が欲しいんです!」
 その一瞬、少女の声に、別の誰かの声が重なった。
 ――他を滅ぼすための力ではなく、大切な何かを守りきるための力を、与えて差し上げよう。
 直後、頭痛が走り、俺はこめかみを押さえて眉をしかめた。
(……何だ。今の声は……)
 知らないはずの、だがひどく懐かしい気のする、若者の声。記憶を探っても思い出せず、俺は首を振って無理矢理その声を脳裏から追い払った。
「神さま。花蘇利の鎮守の神さまに、なっていただけませんか」
 少女は俺が答えるのをじっと待っている。俺が承諾の返事を返すまでは何を言っても脅しても、退く気は無いように見えた。俺は再び舌打ちし、低い声で命を発した。
「我が使たちよ……。行け」
 命に応じ、周りの草陰から次々と蛇が這い出してくる。白い鱗に赤い眼を持つ小さな蛇たち。俺に仕える神使の蛇たちだ。
 蛇たちはそのまま少女の周りをぐるりと取り囲み、一斉にゆらりと鎌首を持ち上げた。そのまま、半開きの口から威嚇するようにシャーッと息を吐く。少女の顔が見るからに青ざめた。
「……ひゃっ……へ、蛇っ!?」
「娘よ。それは我が使の蛇たちだ。諦めてこのまま去ると言うなら今すぐに退かせよう。しかし諦めずここに留まると言うならお前に向けてけしかけるが、どうする?」
 それは単なる脅しだった。こんな幼い少女へ向け本気で蛇をけしかけるつもりなど毛頭無い。このまま少女が怯えて逃げ出せばそれで良いと思っていたのだ。
 しかし、少女は動かなかった。逃げるどころか立ち上がることもせず、ただ引きつったような表情のままその場に硬直していた。
(……仕方が無い。もう少し恐がらせてやるしかないか)
 俺は溜め息をひとつついた後、大きく息を吸い込んだ。
 一呼吸に間に俺の身体は変化する。大きく、長く。膚は銀の鱗に覆われ、眼は鬼灯の実のように赤く輝き、額には刃のように鋭く尖った角が生じる。少女は瞳を更に大きく見開き、声を震わせた。
「ヲ……大蛇……」
 そう。あの頃の俺はまだ竜になりきれていない、額に角を持つ中途半端な蛇神だった。
「娘よ、動けぬと言うならそれでも良い。諦めて帰ると一言言え。そうすれば見逃してやる。だが言わぬならこのままお前を丸呑みにするぞ」
 少女は青ざめた顔のまま、ふらふらと立ち上がった。そのまま走って逃げ出すのだろうと思い、俺は安堵にも似た息をこぼした。だが、少女は思いもかけない行動に出た。
 気を取り直すように息をつき、改めてその場に座りなおし、少女は俺を見上げて微笑んだ。何の含みも持たぬ満面の笑み。見ているこちらまで心が蕩かされてしまいそうな、見るからに幸せそうな笑みだった。
 あまりに思いがけないその笑みに、俺は自分の立場も状況も何もかも忘れて呆けた。
 張り詰めていた気が抜け、何が何でも少女を追い返そうと思っていた心が急速に萎えていく。俺は再び変化し、人の姿に戻って溜め息をついた。
「……何なのだ、お前。気でも触れたのか」
「えっと、違います。そうじゃなくて……。母さまに言われたことを思い出したんです。恐がって怯えた顔をしたり、嫌がっているような顔をしていたんじゃ、相手は心を開いてくれないって。心を通じ合わせたいと思うなら、まず自分の方から笑いかけなさいって。一の笑顔は、時に千の言葉より多くを語るものだから、仲良くなりたいという気持ちを笑顔に乗せて、心の底から笑いかけなさいって」
「だからと言ってよく笑えるものだな。先ほどまで青くなって震えていたくせに」
「えへへ。笑うのは得意なんです。どんなに恐くて辛い時だって、幸せなことを思い出せば自然と笑顔になれます。そうしたら、なんだか幸せな気持ちになって、恐いのや辛いのがどこかへ行っちゃうんです」
(何なのだ、この娘。こんな娘には今まで会ったことがない)
 呆れているのか感心しているのかも分からぬままそんなことを思い、俺は改めて少女に向き合った。
「娘。もし俺がお前の国の鎮守となったなら、お前は俺に何を寄越す?」
 どんな財物や美食を見返りに示されても、俺の心が動くことはなかった。だが、この少女なら、もしかして今までとは全く違うものを――俺が心の底から惹かれ、求める何かを示してくれるのではないか。そう思ったのだ。
 少女はその問いに、しばらく考え込むように沈黙した。小さな頭を右へ左へと傾け、幼い声でうーんと唸った後、ぱっと顔を上げる。そして、きらきらした目で告げた。
「えっとね、花かんむり!」
「……何?」
「それとね、夏の小川の、水の影が木の枝に映ってきらきらするところ。里で一番きれいに色づく黄葉の葉っぱ。それから、冬の夜にお社の上から見る星空」
 少女が口にしたものは、今まで俺が考えつきもしなかったもの。今まで示されてきたどんな見返りとも種類の違うものだった。
「私が今まで見とれてきたもの、好きだと思ったもの。それを全部あなたにあげます。きれいなものを見つけたら、必ずあなたに教えます。だから、いろんなものをこれから一緒にたくさん見ていきましょう。一緒に楽しいこと、いっぱいしましょう。私にできる限りの力で、あなたを幸せにします!」
「……財物でも社でも、飲食でもないのだな」
 呆然として思わず呟くと、花夜はきょとんとした顔をした後、困ったように笑った。
「父さまに言えば、そういうものも差し上げられるとは思います。でもそれは『花蘇利の国から』あなたへの捧げ物であって、『私が』あなたに捧げるものとは違う気がしますもん。私が自分の力だけであなたに捧げられるものなんて、さっき言ったものくらいしか無いと思いますし……」
 それは単純で他愛もない、人によっては一笑に付すに違いない、幼い捧げ物。しかしそれは国の姫としてでなく、最高位の巫女としてでなく、力無き一人の人間として、それでも俺のために精一杯捧げられる、心からの贈り物。
 俺は思わず笑い出していた。やはり、この少女は他のどんな人間とも違う。
「面白い。面白いな、娘。良いだろう。『お前の』神となってやる。今からお前は『俺の』巫女だ」
 それは、ほんの気まぐれのようなものだった。花夜の示した見返りを、本気で欲しいと思ったわけではない。ただ、この娘と行けば何か面白いものが見られるかもしれない――そんな予感を感じてのことだった。
 笑ったまま俺は手を差し出す。花夜はその手に、微笑みながら小さな指を絡めてきた。
「はい!よろしくおねがいします。神さま」
 こうして俺は、俺の生涯ただ一人の巫女となる少女と契りを交わした。ここから始まる日々が、俺にとってどんな意味を持つことになるのかも知らず、どんな幸福と苦しみを味わうことになるのかも知らずに……。
 

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